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■第1章:入学、そして入部? ―― 第1話
「おっはようございまーっす」
階下に響いた女の子の威勢の良い声で、拓実は目を醒ました。
「あら、ゆいちゃんおはよう。今日からまた拓実の事おねがいね」
「はいっおばさん。どーんとおまかせくださいっ! これもひとつのボランティアですからっ」
その娘――神原ゆい(かんばら・―)と、彼女を我が家に迎え入れる拓実母の会話も、二階の自室にまで筒抜けだった。
さっきまで随分昔の夢を見ていた気がするが……妙に感傷的な気分は、おかげさま、ほんの一瞬でどこかに飛んでいってしまった。
ゆいとは家が隣同士の幼馴染だ。
幼稚園も小学校も中学校も同じ、通学も一緒(ゆいが勝手について来る)。
更に中学に入った頃から、なぜかこうして毎朝拓実を起こしに来るようになった。
中学を卒業して、春休みの間は聞く機会のなかった恒例の目覚ましボイス。今日から始まる高校生活でもほぼ毎朝聞くことになるのかと思うと、ベッドの上で掛け布団に包まったまま溜息を漏らさざるを得ない。
と同時に、階段を登る軽快な足音。このリズムも既に耳に慣れたものだ。
程なく部屋のドアが遠慮なく開き、
「ほーらたっくん起きた起きたっ! わたし達今日から高校生なんだからっ! 春休み気分は今日からきれいさっぱりしなきゃだめだ、ぞっと!」
……問答無用で布団を引っ剥がされた。
あと十分、だめだよ、じゃああと五分、などという軽い交渉フェイズは既に両者間には存在しない。
それほど気の置けない間柄、あるいは腐れ縁。
「はい、たっくんおはよっ」
掛け布団を掴んだままにっこりと仁王立ち。
小柄で起伏の乏しい、もといスリムな体躯に濃紺のセーラー服をまとい、セミロングのてっぺんにアホ毛を揺らす童顔少女は、邪気のまるでない満面の笑みでパジャマ姿の拓実を見下ろしながら清々しく挨拶。
拓実のベッドは低いので、そんな幼馴染をほとんど足元から見上げる格好になるのだが、
「……今日から高校生なのにクマ柄とかありえねえ」
「え…………っっーっ!?」
対空攻撃。
もとい下段からボソッと指摘すると、一瞬ゆいの目がまん丸に。
ワンテンポ遅れて顔が茹で上がり、即座にスカートを片手で押さえ、
「たっくんのえっち! ヘンタイ! チカン罪っ!」
ぼふっ。
もう片方の手から投擲された布団が拓実の顔面に直撃した。
「も、もう! 早く着替えて顔洗って朝ごはん食べるの! もうあんまり時間ないよっ!」
誰が痴漢だよ、とツッコみたかったが、のそのそと布団を剥がす間にゆいはそう言い残し、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
閉じたドアの外から「くまさんじゃだめなんだ……」とか何やら微かな呟きが聞こえた気がしたが、きっと耳の錯覚だろうと結論づけて、拓実はやっと起き上がる。
背伸びして、ふとドア脇の壁を見やる。
ハンガーに吊るされたオーソドックスな学ランは、真新しいばかりで中学時代とあまり変わり映えしない。
「……高校生、なんだよな」
しかし無意識に呟き、俄かに、仄かに、そして確かに実感が湧き上がる。
陣内拓実。今日から高校一年生。
新しい生活の始まりというものは、それだけで心躍るものがあった。
***
今年の桜は早咲きだった。
既に葉桜となった並木道を抜け、拓実とゆいは初めて、在校生として高校の正門をくぐった。
県内でも学力的には中の上といった所。
いたって平凡な、特色がないのが特色とも言える県立高校だ。
ごく付近に同名の中学校があり、更に道路を挟んだ向かいには小学校も位置している。
そのためこの三校まとめて、小中高一貫教育と勘違いされる事も時々ある。
とはいえ、実際小学校から高校までこの一帯に通い続ける生徒も少なくはない。
そんな連中にとっては高校生になっても顔馴染みだらけだったりするのだが、あいにく拓実とゆいの中学は隣の学区。二人ともそれぞれに親しかった相手は半ば以上が散り散りだった。
もっとも、ゆいにはそんな事を気にしている様子は一切ない。
拓実と同じ学校というだけでさぞかしご満悦なのだろうか。朝の柔らかな陽光に照らされながら、登校中も彼の隣でしきりにニコニコしていた。
つつがなく入学式が終わり、クラス分けが掲示された。
体育館から校舎に続く渡り廊下。臨時で設置された掲示板の前には、いち早く自分の名前を確認すべく黒山の人だかりができていた。
「ほらたっくん、早く見に行こっ!」
「引っ張るなおい」
体育館の出入り口から遠い位置取りだったため出遅れた拓実とゆいも、連れ立って(実際はゆいが強引に拓実の腕を引っ張って)向かった。
「おー陣内に神原、高校入っても仲いいなお前ら」
「うるへー」
途中、同じ中学出身の男子に冷やかし半分で笑い飛ばされ、拓実はしかめっ面。
そんなこんなで数名の顔見知り達とも軽く言葉を交わしながら、程なく人だかりに辿り着いた。
「あっ! たっくんあったーっ! やったねたっくん、今年もゆいとおんなじクラスだよっ!」
と、人垣の隙間から名簿を凝視していたゆいが歓声をあげた。
一年二組。確かに陣内拓実と神原ゆいの名前があった。他の名前もざっと流し見たが、同クラスに拓実の知る人物はいないようだった。
つまり、彼女だけはこれからの一年『も』クラスメート、ということらしい。誤植でなければ。
「高校にも入って……またかよ」
「うん、まただよっ」
ちょっと食傷気味に呟くと、満面のゆいスマイルが返った。
実は幼稚園からこのかた、二人が別クラスになった回数の方が圧倒的に少ない。
腐れ縁を通り越して何か仕組まれているんじゃないかと、拓実は勘ぐりたくなった。
一方、余程嬉しいのか、ゆいは浮かれた足取りでさっさと廊下を小走りしはじめた。
「ほらほら、早く教室にいこいこっ」
「へいへい……ってまたコケんなよ、ゆい」
「だーいじょうっ、うわっ、うわわっ!?」
と、言ったそばから。
ゆいは駆けながら振り向こうとして、何もない所で蹴つまずいた。
バランスを崩し、前のめりになった勢いでそのまま顔面から床へと全力ダイブ体勢。
が、その手を後ろから強く掴んで危うく引き止めたのは――拓実だった。
「気をつけろよ」
「あ……うんっ、ありがとうたっくん!」
そのまま引き起こしてやると、ゆいはにっこり、またも満面で屈託なく笑った。
こうしたドジをフォローしてやるのも、いつからか彼の役回りなのだった。
とはいえ、既に耳目に慣れた感謝は、拓実にしてみれば新鮮味に欠ける。、
「さっすがたっくん、いい反射神経だよねー。はやいうまいやすいの三拍子だよー」
「安いは関係ねーだろ。ったく、世話が焼ける……」
「むっ、それはお互いさまーそるとだよたっくん。ゆいが毎朝起こしてあげないとたっくん遅刻しそうになるまで起きないじゃない」
「あーあーあー聞こえなーいしー、サマーソルトとか意味わかんねーしー」
「もー、こらーっ! 聞こえてるじゃないーっ!」
両耳をふさいだ拓実が一人スタスタ歩き始めると、ゆいが今度はぷーっと頬を膨らませて追いかけてきた。
...To be continued...
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sarasa 2011年11月01日(Tue)21時35分 編集・削除
やっぱりここいいなぁ… ←湯船に浸かって気持ちよく温まってるようなイメージで
おだやかなるペースで読みますね~(=マイペースで綴っていってくださいね~)^^