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■第1章:入学、そして入部? ―― 第3話
澄みつつも芯の通った、女性の声。
少し驚いて振り返った拓実達の視線の先……声の主は、今しがたすれ違った女子生徒のようだった。
向き直って二人を正面に見据える彼女の瞳は、大きいと同時に目尻は切れ長で鋭い。
だが底知れない輝きに満ちていて、不思議と冷たさを感じなかった。
窓からの光に艶めく、漆黒のロングヘア。
椿の華やかさと百合の清楚さを併せ持つかのような、端正で神秘的な見目形。
のみならず、その線の細さからは思いも寄らない程の気高く凛とした佇まいから、二人は清冽なオーラめいたものを否応なしに感じさせられた。
特に拓実は、更に不可思議な感覚を抱いていた。
背筋に電流か何かが走る感触と共に。
――それは言うなれば、心の中の閉じられた扉を叩くかのような、
「今ボランティア好きと言ったか」
と、その感覚の正体を確かめる前に。
数歩に歩み寄った女生徒の、良く通る澄んだ声が再度意識に飛び込んだ。
「はいっ。言いましたーっ」
ゆいが屈託なく答えた。
幼馴染の元気にはっと我に返り、改めて、拓実は無言で長髪の女子を見やった。
彼女のセーラー服、胸元の校章を模った赤い刺繍を見るに、どうやら三年生らしい。
ちなみにゆい達一年の刺繍は緑、二年は青だ。
その、類稀なる美貌の最上級生は、ゆいの答えを受け微かに柔らかい笑みを浮かべ、
「では、我々の部に来るがいい」
ど真ん中ストレートで勧誘してきた。
拓実は反射的に内心で身構えたが、
「え? あっ、もしかしてボランティア部の方ですかっ?」
一方、ゆいは食指が動いたご様子。
幼馴染の警戒などお構いなしで瞳を輝かせた。
しかし。
「いや、この学校にボランティア部という部はない」
「あう、そうなんだ……」
「……あの、それじゃ一体何部なんですか?」
さっくりと否定され、ゆいは軽く消沈。
その代わりに幼馴染としてのフォロー機能を自動的に発動した拓実が即座に尋ねた。長年の経験が培った呼吸の賜物に、こっそり後悔。
そうして、上級生の可憐な唇から飛び出したのは、
「うたいしえあ部だ」
「「はい???」」
意味の解らない名称だった。
拓実とゆいは揃って目が点。
歌? 石? 空気(エアー)? いや発音にそんなバラバラ感はなかった。
単語としてそんな日本語は聞いた事がない。そもそも日本語なのか。
困惑する二人の表情を眺めて愉快そうに微笑み、上級生は朗々と説明を足した。
「正式名称は『嬉しい事、楽しい事、癒される事を演出して人に幸せな気持ちになってもらい、笑顔でありがとうを集める部』略して、うたいしえあ部だ」
「え……っと、それはつまりすなわち要するにボランティア部ということですかっ!?」
ゆいの瞳がきらめきを増した。
なんかやな予感、と拓実の本能がささやき始めた。
「広義で言えば確かにボランティアだが、内容は少々違う。短い言葉では中々説明し辛いが、部の名称そのままの活動と考えてくれればいい」
そんな彼の内心などお構いなしで、女生徒は話を続ける。
この次に来る台詞を拓実は明確に予想し、そしてそれは大当たり。
「どうだ、興味があるなら詳しい説明を聞きに来てはみないか?」
「じゃ俺はここで帰――」
「はい、いきますいきます! ごじゅーはちじゅーよろこんでっ! たっくんもくるのっっ!」
「な!? ちょ、待て離せゆい! こら引っ張るな!」
「そうだな。せっかくだから君も来たまえ。何事も経験だ」
何食わぬ顔して回れ右した瞬間、拓実は女子二名に両脇を抱えられ……即座に無理矢理引きずられモード。
「おっ俺は別にいいですって、って俺は無実だうわぁぁぁー……」
この上級生も顔に似合わず強引だが、ゆいはゆいで何やらスイッチが入ったらしく、遠慮もなにもない。
存外にパワフリャな女豹達になす術もなく、拓実はリトルグレイよろしく連行開始、されてしまった。
***
その部は、部室に空き教室を丸々ひとつ使わせてもらっているらしい。
フロアには机と椅子が八組ばかり、まるで会議室のようにコの字に並べられ、その内一つの卓上にはパソコン一式とプリンターまである。
なぜか、デフォルメされた目つきの悪いナマズが水色の巻貝を背負った、とでもいうべき形のヌイグルミらしき物体までその横に鎮座していた。
片隅には何やら雑多な機材らしき物や収納コンテナが積み上がっていたが、それ以外はきちんと整理整頓され、掃除も行き届いている。黒板がなければ教室とは思えないくらいだった。
「あ、あずさ先輩。おかえりなさい」
部室に入った三人を、中にいた部員とおぼしき一組の男女が視線を投げて迎えた。
その片方、メガネをかけた三つ編みお下げのおっとりした感じの女子が、拓実を連行する手を離した三年女子に向けそう口にした。あずさとはこの楚々とした上級生の事か、と拓実は察した。
と、今度はもう一人の、中々にクールな顔立ちの男子生徒が、見知らぬ二人を見て尋ねた。
「おや? 先輩、彼らは……」
「喜べ、入部希望者だ」
「ちょ、俺はまだ……」
「はいっ、入部希望者二名参上ですっ」
「おいコラゆい!」
「ははは。まあ、正確にはまだ入部決定ではないがな。これから活動内容説明会開催だ」
新入生コンビの軽い掛け合いを一笑したあずさの台詞に、部員らしき二人は即座に納得したらしい。
揃って速やかに一脚ずつ椅子を取り、黒板に向けて横に並べると、
「あの、ど、どうぞ。お座りください」
メガネの女子が、やや噛みつつもおっとりした丁寧な口調で促した。
ありがとうございまーす、と元気よく着席したゆいに続いて、その右に拓実も座った。さすがにここまで来て不躾に帰るほど空気の読めない人ではない。
「さて……おおそうだ、自己紹介がまだだったな。私は三年の鳳凰院あずさ(ほうおういん・―)。このうたいしえあ部の部長をしている。よろしく頼む」
凛とした彼女は腰に手を当てて堂々と名乗った。
やけに中二病、もとい豪奢な苗字だが、名前負けする雰囲気が一切感じられず、拓実は密かに舌を巻いた。
「そして部員はそこの二人だ。藤原、ほのか。自己紹介したまえ」
「二年の藤原進一(ふじわら・しんいち)。よろしく」
「え、えっと、同じく二年の、弓削ほのか(ゆげ・―)です」
藤原と名乗った男子は爽やかに微笑み、弓削という名の女子はやや緊張気味に会釈した。
「袖すりあうも他生の縁だ。君達、せっかくだから名前を聞いてもよいかな」
「はいっ。ゆい、じゃなかった私は神原ゆいで、こっちがたっくん、じゃなかった陣内拓実ですっ。家が隣で幼馴染なんですよー。ね、たっくん?」
「え、あ、まあ、はい」
鷹揚に微笑むあずさの問いに、ゆいが元気に答えきってしまった。おかげで急に振られた拓実は中途半端なリアクション。
だがそんな様子も微笑ましいのか、あずさは一つ頷いて黒板を背にすると、二人の前に立った。
「うむ、神原に陣内だな。さて、早速だが我々の活動について説明を始めるとしよう」
「あの、あのっ、ボランティアとは少し違うって言ってましたよねっ」
色々興味をそそられる点があったのだろう。待ってましたとばかりにゆいが突っ込んだ。
「ああ。基本的に無償で奉仕活動を行うという観点からは間違いなくボランティアと言えるし、一般的にボランティア活動と呼ばれるものも実際に行うが、他にも校内外から依頼を受けて助勢する何でも屋的活動もこなす。だが、ただ黙々と、あるいは頼まれるがままにそれらをすれば良いという訳ではない。我々のそれには明確な活動目的と理念がある」
そこまで言ってあずさは言葉を区切り、ややきょとんとする拓実とゆいを改めて見据えて再度口を開いた。
「先程私が言った、この部の正式名称は覚えているか?」
「えっと、なんだっけたっくん?」
ゆいはちょっとだけ記憶力に難有り。ちなみに苦手科目は歴史。
やれやれと、代わって拓実が答える。
「確か……『嬉しい事、楽しい事、癒される事をして人を幸せな気持ちにして、笑顔でありがとうを言ってもらう部』でしたっけ?」
だがあずさは僅かに首を横に振り、
「惜しいが、三箇所だけ違う。正しくは『嬉しい事、楽しい事、癒される事を演出して人に幸せな気持ちになってもらい、笑顔でありがとうを集める部』だ」
おもむろに振り向いてチョークを取ると、拓実が言ったものと正しいもの、二つの長ったらしい名前を黒板に書き記す。
「この二つが姿勢としてどう異なるか、解るか?」
そして再度拓実達へと向き直り、ベテラン教師顔負けの威厳で新たな問いを放った。
はい、と受講生よろしくゆいが小さく挙手。
様相は既に説明会と言うより講義だったが、気付かぬ内に拓実達は、あずさの作り上げた雰囲気に早くもどっぷりと浸かってしまっていた。
「えっと……たっくんが言ったのはこっちからしてあげる、って感じで、もう一つは相手にそうなってもらう、って感じですか?」
「うむ、良い所を突いている。この正式名称の文脈を分析してみるといい。我が部の活動目的はありがとう、つまり感謝を集めること、そしてその為に人に幸せを感じてもらう事だ」
そこまで語ると、あずさは話を区切り一呼吸置くと、不意に拓実の目をまっすぐ見つめた。
そのどこまでも深い色彩の瞳が放つ光に射すくめられ、拓実には、身じろぎすら憚られた。
「陣内。君は先刻、人を幸せにして、と言ったな」
「は、はい……」
「だがな、君達。敢えて誤解を恐れず言おう。人は、他の誰かを幸せにすることはできない」
...To be Continued...
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ponsun URL 2011年11月05日(Sat)07時44分 編集・削除
彼女の瞳は、大きいと同時に目尻は切れ長で鋭い。
だが底知れない輝きに満ちていて~
窓からの光に艶めく、漆黒のロングヘア
ぞくぞくしてくる表現ですね
漆黒なんて、表現、忘れておりました
人は、他の誰かを幸せにすることはできない
最後に、ドキッと、きましたね
ありがとうございます