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うたいしこと。(13) :第2章-6

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 続き
 



■第2章:新入部員初任務 ―― 第6話




 気を取り直したあずさのやや意味深長な台詞に、ゆいは思わずきょとんとした。
 指示棒が指すのは、『特に拒む理由が無い限り、謝礼は断らない』という文言。

「ゆいが、ですか……?」

「うむ。ボランティア活動をして、その結果誰かから、謝礼を受け取ってくれ、と迫られた事はないか?」

「あ、はいっ、何度かありますっ」

「それは、受け取ったか?」

「えと、その、何かをいただくためにやったわけじゃないから……ジュースとかは別ですけど、お金はおことわりしてます」

 その返答にあずさはふむ、と少し黙り込むと、息を呑むゆいの目を再度見つめて口を開いた。

「謝礼とはつまり、代価だ。恩恵に対し感謝に添えて支払う代償だ。どんなものにも本来、そのような代価は存在する」

「代価ですか? でも謝礼って普通その、何て言うか……その謝礼をもらうためにボランティアとかするわけじゃないじゃないですか。代価っていうふうに、そう、交換するものとは何か違うような気がするんですけど」

「ああ。もちろんそう見ることもできる。いやむしろ陣内のその解釈の方が常識的だろうな。だが、一つの物事にも様々な見方があるものだ。これから話すのもあくまで、単に陣内の持っているその観念とはまた違う、別角度からの見方である、ということを了解しておいてもらいたい」

 たどたどしいながらも、ふと浮き出た違和感を拓実は正直に発した。
 しかしそれも、あずさには大らかに受け止められた。フォローされ、逆に気恥ずかしささえ覚えてしまう。
 納得したと見てか、あずさは全く動じることなく話を再開した。

「ここで少し考えてみるといい。恩恵を得るにあたって、必要な代価は異なる。コンビニでおにぎりを買うのに金を払うだろう。入試に合格するために勉強という努力をするだろう。それらも全て代価だ。金や物であったり、労力であったり、情報、技術、時間であったり様々だ」

 拓実は明確に自覚した事はなかったが、確かにあずさの言う通りだった。
 想像を広げれば広げるほど裏づけが増えていくばかりで、実際に一切の代価なしに手に入ったものなど、よくよく思い返せば親の愛情くらいだ。

「基本我々の活動は無償だ。そもそも学校の部活動だからな、営利というわけにもいかん。報酬を求めるような事はしない。だがこの社会の、経済の原則は等価交換だ。相手が自分の受けた恩恵に見合った代価を払おうとする意思があるのなら、それは尊重しなければならない。これを拒絶する人間は、等価交換という原則を蔑ろにする者、つまり傲慢であるとみなされる恐れがある。それは君達にとって金銭的にではなく大きな損失だ。相手は気持ちよく対価を払おうとしているのに、わざわざそれを無下にして、しなくてもいい損をする道理はあるまい?」

 つまりせっかく相手に与えた好印象が無に帰してしまいかねないのだと、拓実は理解した。

「さらには下手な断り方をすれば、私達の行為は相手にとってただの施しになってしまう場合すらある。つまりその人を、施しを与えなければいけない相手、つまり我々より貧しく卑しい者なのだと無意識的に見下す事に繋がりかねないのだ。我々がそう思わなくても相手がそう感じてしまう場合もある。どちらにしても、これは互いのために非常によくない」

「そう言われると……確かにお礼をことわった時、哀しそうな顔をされたこと、あります……」

 長々と、しかし懇切丁寧に説くあずさの口振りに、ゆいもどうやら納得したようだった。

「まあ、過ぎた事を後悔しても始まらん。さてここで問題だ。時として、あまりに過分な代価がもたらされることがある。極端な例えだが、片手で持てる荷物をすぐそこまで運んだだけなのにもかかわらず、謝礼として一千万円を差し出されたとしたら、君達はどうする?」

 つい今しがた、断るなと言われたばかりだ。だがあずさの言う通り、この設問は極端だった。
 二人は黙り込んで悩み、ややあって拓実が答えた。

「えっと、それはさすがに断ります」

「なぜだ?」

「なんて言うか……悪いですよ」

「そうだな。少なくとも、心のどこかに悪いなと思う部分が生まれるだろう。その心の声、要はバランス感覚が伝える異常を見逃さないことだ。もしそれをそのまま受け取ってしまえば、以後君達はずっと罪悪感に縛られる恐れがある。罪悪感を感じないとしても、今度は常に少ない労力で大きな対価を手に入れようとする心が芽生えかねない。それ自体は必ずしも悪いことではないのだが、同時にえてしてそれは人を破壊的な自堕落に導く麻薬にもなる。どちらにしても、どんな大金を手にしたところで今の君達にとって幸せと呼べる事ではないと私は思うのだ。不用意に手にした幸運が、その後の人生を大きく歪ませる……これは先程の四で言ったことにも通じるな」

 あずさは『救ってあげようとしない』の部分を指しつつそう言って、拓実達の反応を確認するかのように、改めて二人の顔を見渡した。

「どうだ、納得できたか?」

「あ、はい……とりあえず」

「ゆいも、です」

 よろしい、とあずさは満足げに一つ頷いて、指示棒の先を手のひらに当てると、

「ただ、ここまでは実は初級から中級編だ。上級編となると、対価がどんなに莫大でも気持ちよく受け取れるようになる。この過大な対価を受け取るという事については非常に重要な例外があるのだ。真髄と言ってもいい。何だか解るか」

 と、今までにも増して興味深い質問を投げかけた。
 拓実とゆいは首をひねり、しかし皆目見当がつかない。しばらく待って答えが出ないのを見計らうと、あずさはふふっと子供を見守る母親のように微笑んで言った。

「答えは言葉にすれば簡単だ。ひとつの約束をして、それを実行すればいい」



 ...To be Continued...

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