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■第2章:新入部員初任務 ―― 第7話
「約束……ですか?」
「そうだ。それはつまり、こうだ……」
ゆいがぽかんとオウム返し。あずさはおもむろに指示棒を縮め、ボールペン大ほどになったそれを両手のひらに乗せて前へ、拓実達の方へと捧げるように差し出すと、
「この謝礼はあなたから私に預けられたものです。だから次はこれを、別の誰かの幸せの為に使います、とな」
その瞬間、拓実の中で――未だ言葉にはならないものの、何かに気付いたような感触が弾けた。
ゆいも同じなのだろう。ハッとした表情を見せている。
ひねくれず、素直に察してくれる新入部員達。
あずさはそれを、内心喜ばしく、そして頼もしく感じていると言わんばかりに口元を綻ばせながら続ける。
「先程の罪悪感は、要はその謝礼が自分の物だと認識……誤解したために生じたものだ。つまり受け取った対価を、自分の所有物ではないと認識すればいい。それは単に世の中を巡り巡って、今、巡り合わせで自分が預かっただけなのだとな。だから、その対価を今度は君達が別の誰かに喜んでもらうために存分に役立てるのだ。もしそれができるなら、その当てがあるのなら、どんなに莫大な対価だろうが遠慮なく受け取るのがいい。ああ、もちろん法や道義に反しない範囲でな」
「つまり相手からしてみれば、それは慈善団体に寄付するようなもの、って事ですね?」
「うむ、その通りだ陣内。非常に良い例えだな」
我が意を得たりとばかりに微笑んだ美貌の上級生に、拓実は面映さを覚える。
なぜかゆいの少々恨みがましそうな視線が飛んできていたが、意味が分からないので無視しておく。
そうしてあずさは両手を引いてから、指示棒をポケットにしまった。
どうやら長かった講義もそろそろ終幕らしい。
「よし。それから最後に一つ注意だ」
と、その締めを飾るように、あずさが凛々しい瞳で二人を強く見据えた。
「この六訓とて、絶対ではない。むしろこれに従わない方が良い結果を導く場合だって多々あるし、この訓自体が増えたり減ったり変わったりする事もある。神ならぬ人間の思考や行動に、いついかなる時でも絶対に正しいものというのはそうそう存在しないのでな。君達が『そうした方が良い』と揺るがず確信できるのであれば、それに従え。そうして成功すればよし、失敗しても必ず経験となる。恐れることはない。何よりこの部は自主性がなければ務まらんし、成り立たん」
そこまで言って、不意に目元口元を緩ませたあずさは一歩、二歩、前へ出た。
「とまあ、長くなったがこんなところだ。今すぐ理解する必要はない。今はただ受け入れて、徐々に君達の胸に染み込ませてから、君達なりに解釈してゆけばいい」
そして、拓実とゆいの肩に、それぞれ片手を優しく置いた。
「「はい」」
その感触に促されたかのように、二人は自然と頷いていた。
どうにもこの鳳凰院あずさという人物は、その言葉もさることながら、むしろ雰囲気や立ち居振る舞いで相手を心服させる名人のようだった。
面倒臭がりを自認する拓実でさえも、何やら意欲めいた感触が胸の内に芽生えるのを自覚していた。
言い換えれば、気付かぬ内に彼女の、ひいてはうたいしえあ部の空気に完全に引きずり込まれてしまっていた。
が、
「うむ、いい返事だ。君達は本当に素直だな。素直というのは大事だ。といっても従順という意味ではないぞ?」
言われ、拓実はふと思った。
――どうして自分は、この部長の途方もない話を……素直に、これほどまで自然に受け入れてしまっているのだろう?
今までの自分からは到底考えられない、不思議なことだった。
高校生としての授業はまだ数えるほどしか受けていないが、教師の長話から受ける退屈さについては、中学時代とまるでかわらない、というのが正直な印象だ。
しかし、対するあずさの講義は、拓実が知るどんな教師のそれよりもアトラクティブに、情熱的で、興味深く感じられた。
その真摯な情熱が、自分をこんなにも惹きつけているのだろうか。
うっすらと、漠然とそう思いながら、我知らず拓実の視線は、ともすれば恋に落ちたかのようにぼーっとしていた。
そしてそれは、ゆいも同様で。
恍惚気味に見つめてくる新入生二人を眺め、あずさはこれまでで最も優しげに、聖母じみた慈しみの笑みを浮かべた。
「素直な人間は、見聞きしたものを何でも吸収し自分のものにする。理解できるできないにかかわらずな。理解できたものだけ受け入れ、理解できないものは受け入れないなどと分け隔てる事はしない。そうやって自分でも知らない内に自分を大きく成長させていくものだ。世の成功者の多くは、努力以上に素直さを身につけている場合が多いとも聞くしな……っと?」
不意にあずさが顔を上げ、出入り口の方を見やった。その瞬間、
「こんにちはー」
「遅くなってすみません、先輩」
扉が開き、進一とほのかがやってきた。
我に返った拓実がふと壁の時計を見れば、部室に来てから随分と経っていた。にしてもあからさまにご都合主義的なタイミングだ。
「よし、全員揃ったな」
と、あずさがさりげなく拓実達の肩から手を離し一歩下がると、すぐに進一とほのかも黒板の前へと集まった。
それを見計らい、あずさは全員の顔を一瞥し言い渡した。
「では今日の活動を開始する。早速だが今一件、依頼が舞い込んでいる。神原と陣内は、今日は私についてきて一緒に働いてもらう。藤原とほのかはそれぞれ昨日の続きだな」
ピラッ、と。
あずさがいつの間にか指に挟んだ何かを胸元で翻した。
桜色の可愛らしい封筒だった。
「依頼……?」
「言ったろう、単なるボランティアではなく、何でも屋的活動もすると。時々こうして依頼や要請を受けて動く事もある。これはその依頼状だ」
拓実の怪訝な呟きにあずさが応えると、何故かゆいが瞳をきらめかせた。
「XYZですねっ!」
「いや、掃除はしてもさすがに人殺しはやらないよ神原さん」
「スイーパーだけにですねっ! んもう上手だなぁ藤原先輩っ」
そうしてははは、あははとにこやかに笑い合うゆいと進一。拓実には理解できない次元で会話が成立しているらしかった。ほのかはほのかで何故か微妙にむすっとした顔をしている。
「ああそうだ、昨日言い忘れていたが、このように部として依頼を受ける都合上、どうしても他人のプライバシーに関連する情報に触れる事がある。だがそれらは絶対に口外するな。信頼あってのうたいしえあ部だからな。もしそれを守れなかった場合は退部してもらう事もあるからくれぐれも注意してくれ」
と、そんな珍妙な空気など一切お構いなしであずさが戒めた。この人も案外大雑把だ。
...To be Continued...
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ponsun URL 2011年11月16日(Wed)05時57分 編集・削除
単なるボランティアではなく、何でも屋的活動もする
どのように拡がってくるのでしょうか
展開が気になってきます
ありがとうございます