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■第2章:新入部員初任務 ―― 第13話
***
翌日。
既に放課後、時刻は五時半を回ろうとしていた。
「部長ぅ……」
部室。
雑事は既に片付き、手持ち無沙汰で椅子に腰掛けたままのゆいが、泰然と窓辺に立ち外を眺めるあずさを弱々しく見やった。
「心配するな、神原」
「でもぉ……」
振り向いたあずさの確固たる声音と対照的に、ゆいは少々半泣き気味。
進一とほのかは、あずさが先に帰宅させた。ゆいと拓実も先に帰るよう促されたが、子犬の件が気にかかって仕方ないゆいは残って待つと言ってきかず、なし崩し的に拓実も居残り。
そしてこのザマだった。
そんなゆいを、隣に座る拓実は情けないとも思うが、しかし気持ちは解らなくもなかった。
昨日あれだけ張り切って里親募集のビラを貼って回ったにもかかわらず、ここまでただの一人も名乗り出てくれる人はいなかったのだ。
ビラには、期日が明日までということも明記してあるし、希望者は学校あるいはうたいしえあ部に連絡してもらうように案内している。
拓実とゆいの認識では、正直この件については丸一日潰してしまったようなものだった。
「想定内だ。大丈夫」
だが、一方のあずさには微塵も揺らいだ様子はない。
何かを確信しているとさえ思える雰囲気で一つ頷くと、窓からの夕焼けを背に拓実とゆいへ向き直り、
「考えてもみろ。ほとんどの生徒がこの情報を今日知ったのだからな。帰宅してから飼えるかどうか確認をとる者もいるだろう。つまり勝負は明日だ」
いささかの希望も失ってはいない瞳で、そう告げた。
その、ぞくっとするような瞳の輝きを、拓実は逆光の中、確かに見た気がした。
あるいは、記憶の中に……。
***
夜。携帯がメール着信を告げた。
ベッドに入ったものの中々眠れずにいた拓実は、起き上がって軽快なメロディの発生源を掴み取る。
このサウンドは先日ゆいが勝手に個別着信音に設定したものだ。よって差出人は自明。
『まだおきてる?』
文面を見て軽く溜息をついてから、返電。すぐにゆいは出た。
「あ、たっくん……」
「ったく、眠れねえんだろ」
「うん……ごめんね」
「気にすんな」
たまに心配事を抱えた夜、こうしてふと、ゆいは拓実の声を求めてくる事がある。
しばしの沈黙の間に、拓実は携帯を手にベッドへ転がり、仰向けに通話を続ける。
「こいぬちゃんたち、だいじょうぶかな……」
「そんなの……今心配したって、どうにもならないだろ」
「うん……でも、明日しかないんだよ? 明日誰も来なかったら……」
そこまで言って、ゆいの声が途切れた。最悪のケースを想像しているのだろう。
「なあ、ゆい」
いつだって、そんな彼女を励ますのも拓実の役目だった。
「部長じゃないけどさ、確かに勝負は明日だ。明日しかない、じゃなくてさ、まだ明日がある、って考えろよ。お前が今うじうじしたからって里親が見つかるわけじゃないんだしさ」
しかし喋りながら、いくらゆいを元気づけるためとは言え、拓実は自分がそんな前向きな発言をしている事実をにわかに信じられなかった。
幼い頃、くだらない見栄を張って痛い目をみた経験。
幸いにして、挽回に挑戦した甲斐あって得意分野を失わずに済んだとはいえ、しばらくの間、嘘吐きの謗りは免れなかった。
そのため常に一歩退いた位置から冷めた目で物事に構えるようになり、その誤魔化しに面倒臭がりを自認してきた自分が、である。
思えば、中学卒業まで部活動に入ったことはなかった。
運動能力を見込まれ、渋々助っ人として加勢したことはあったが。
お人よしといえばお人よしなのだろうが、しかし勧誘はのらりくらりと断ってきた。
深入りや積極性を恐れ、面倒臭さの壁を作ることで守りに入っていたのだ。その自覚もある。
先日のあずさの講義で感じた……あずさの言葉を素直に受け入れていた、拓実自身への疑問もそうだ。
一体、自分に何が起きているのだろう。
深く掘り下げようとすれば、どこか怖くすらある――変化の、気配。
「……たっくん、少し変わった?」
そして、そう感じたのは拓実本人だけではなかったらしい。
...To be Continued...
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