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■第3章:ちょっとだけファンタジー ―― 第9話
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大満足で感謝をくれた三宅と別れ、部室への帰り道。
「よかったー、三宅さん、すっごいやる気になってたみたいですねっ」
「そうね……大喜びで、幸せだ幸せだーって、うふふ」
「うむ。あれだけ喜んでもらえると、我々もやり甲斐があったというものだな」
「ほんとですねーっ」
廊下を歩きながら、うたいしえあ部の女子メン一同は和気藹々。
女三人寄れば姦しいとは言うが、これは決して耳障りな騒がしさではなかった。
それというのも、後ろを歩く拓実の胸中にも彼女達と同じ達成感があったからなのだが、
(幸せ、か……)
それとは別に、拓実にはふと、気にかかる事があった。
(人に幸せをもたらすのが、部長のライフワーク。そして人が困難だと思った状況を逆手にとって、幸せと思えるように変換している……)
これまで拓実の目の前であずさが成してきた事は、彼にとってまるで魔法のようだった。
(つまり、出来事の捉え方を変えることで、部長は発想を生み出している……?)
拓実の心に去来していたのは、これまでにない興味。そして不安。
自分もそれをできるようになりたい。でも、自分にできるのだろうか。
(そうだ……そのためのヒントは、今まで部長がたくさん教えてくれたじゃないか)
なら、それを実現するために必要な心構えは。
「あの……部長、少し気になってたんですけど」
意を決して、拓実は前を歩くあずさに問いかけた。
「ん? なんだ陣内」
「前に、幸や不幸は存在しない、って教えてくれましたよね」
「ああ、それがどうした?」
肩越しに振り返ったあずさは、さしたる抑揚もなく後輩の問いに耳を傾ける。
「その……何て言うか、それ自体は俺も一応納得してるんです。でも具体的にはどうすればそんな風に受け止められるようになるんですか……やっぱり、部長みたいに生まれつき強い心みたいなのを持ってないと無理なんですかね」
「たっくん……?」
何かに追いすがろうとするかのようなその問いかけに、ゆいが不思議そうな、しかしどこか不安げな顔で拓実を見つめた。
長い間共に過ごした幼馴染みの変化を最も敏感に察知していたのは、やはり彼女だった。
そして、その変化をもたらした張本人――あずさは、
「……その言葉は看過できんな」
その問いにいきなり立ち止まり、ともすれば怒っているともとれる怜悧な声音でそう言って、拓実へと向き直った。
今までにない、日本刀のように鋭い眼光を向けられ、拓実は思わず身を凍らせた。
「では訊こう。陣内、君は一流のアスリートを見て、彼らは生まれつきあんなすごい肉体と体力を持っている、などと思うか?」
「それは……いえ」
「何故だ?」
「何故って……そんなの、トレーニングもなしに体を鍛えたりなんてできませんよ」
「その通りだ。それは長年のたゆまぬ努力の賜物だということくらい解るだろう」
自然、ゆいとほのかも立ち止まって息をのむ中、あずさは拓実と真正面で向かい合い、厳粛に頷いた。
拓実の意識はこれまでにない強さであずさの放つ気配に飲み込まれ、今はその深い輝きの双眸から目を逸らす事さえ憚られた。
「この点、よく誤解されるようなのでな、ハッキリ言っておく」
と、あずさは一呼吸置くようにふっと瞼を閉じ、一拍の後、ゆっくりと開くと、
「心だってそれと同じだ。心と体、どちらも人間そのもの、欠けてはならぬ両輪だ。ならば体は自分の意志で鍛えられるのに、心は鍛えられない道理があるか。日々正しく研鑽を積めば、必ず心は強く育つ」
純然たる確信をその瞳に乗せ、そう断言した。
「……じゃあ、どうすれば鍛えられるんですか」
「そうだな。もっともな質問だ」
しかし、まだ拓実の心の視界は開けない。
あずさもそれを察してか、微かに不敵な笑みを浮かべて軽く首肯すると、
「……ひとつ、極めて単純で今すぐ始められる方法がある。この際だから教えよう。神原もよく聞くといい」
「え? はっ、はいっ」
急に促されたゆいは軽く慌て、アホ毛を緊張させつつ居住まいを正した。
...To be Continued...
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ponsun URL 2011年12月12日(Mon)08時49分 編集・削除
自信のある、あずささんの発言
頼もしいですね
自分がその場で、うっとり聴いているようです
ありがとうございます