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■第3章:ちょっとだけファンタジー ―― 第10話
廊下で神妙な面持ちのまま固まる一団を、見知らぬ女子生徒が不思議そうに眺めながら通り過ぎていった。
そうして、数瞬の空白を経て。
あずさが語った方法とは、
「それはな……絶対に、マイナスの言葉を口にしない事だ」
確かに、あまりにも単純な内容だった。
「要は不平、不満、愚痴に文句に弱音に悪口であったり、怒り、憎しみ、悲しみ、苦しみ、卑屈あるいは傲慢に基づく後ろ向きな言葉、人を攻撃する言葉、そういったものを一切の例外なく、一つ残らず全てだ。逆に、辛い時に辛いと言って何が悪い、というような姿勢では到底心は鍛えられん。そんな事を言っても辛さは消えんし、それどころか周囲にその辛さを撒き散らすだけだ」
ある意味どこか肩透かしを食らった拓実とゆいは、毒気を抜かれながらもあずさの滔々とした語り口に耳を傾ける。
「そしてそれがこなせれば、あるいは同時ならなお良いが、とにかくプラスの言葉だけを喋るようにするのだ。嬉しい、楽しい、幸せ、許す、ついてる、一番いいのはやはり感謝の言葉だ。いずれも感情を無理に曲げなくていい。とにかく言葉だけを、まずは徹底して制御するんだ」
なんだそんなことか、と思ったのは一瞬。
しかし拓実は、これは単純だが随分と意志の力を求められる方法だと気付いた。
思い返せば自分は今まで面倒臭いだのなんだのと、どれだけの愚痴を何気なくこぼしてきたのか、と。
これまでほぼ意識すらしてこなかった自身の履歴が、なぜかこの時、拓実の感覚へと一度に押し寄せてきたかのように思えた。
正直、愕然とした。
「例えば平日の朝、目が覚めたら雨だったとする。ああ、今日は雨か、と呟く。それは事実だから別にいい。だがその後に続いて、憂鬱だな、とか濡れるの嫌だな、などと思っても絶対に言っていけない。いつもと違う街の色が見られるから楽しみだな、とか肌がしっとり潤って嬉しいな、ありがたいなという風に、無理矢理こじつけてでもプラスワードに繋げるのだ」
幸いにして、拓実の中にあずさの言葉を疑う姿勢はなかった。
いや、そんな自分を拓実は僅かに不思議に思いもしたが、ただ以前から――そう、ずっと前から感じていた気がするが――あずさの教えは素直に、真っ直ぐに心に受け入れるのが自分にとって非常に有益なのだと、無意識の内に理解していた。
「もちろん、筋トレと同じで一朝一夕では意味がない。困難に思う時もあるだろうが、何週間、何ヶ月、何年と、毎日欠かさず続けることが肝心だ。もしマイナスワードを口にしてしまったら、すぐに取り消せ。そしてプラスワードで上書きしろ。言ってしまった事に気付かないままでいるのが最も良くない」
「え、っと……部長、そんなことで本当に?」
半ばきょとんとしたゆいに、あずさはうむ、と強く頷いた。
「人の意識というのは不思議なものでな。言動が感情にひきずられて出てくるのは当然だが、逆に感情が言動に誘導されるようにもできているのだ」
先程よりも鷹揚な調子で、薄く柔らかい笑みを浮かべながら、あずさはゆいを、そして拓実を順番に見渡し、
「人は本来、笑いながら怒る事はできん。まあ、それを逆手に取ったのが、竹中直人の笑いながら怒る人という芸だな。本来できない事を絶妙にやってのけるから素晴らしい芸になるのだ……と、話が逸れたな。つまりそれだけ言動と感情は密接な、双方向の関係にあるのだ」
それからそっと、自分の胸に手を当てた。
隣で佇むほのかは、いつの間にか微笑を浮かべていた。彼女も以前にこの教えを聞いたのだろう。
新しい事を学びつつある後輩達の姿を、どこか慈しむようにに眺めていた。
「だからマイナスワードを避け、プラスワードだけを口にする癖がつくと、不思議な事に感情まで勝手にプラスに傾こうとし始める。そして、どんなに困難な状況下でもプラスを選択し続けられる心、また打ちひしがれても必ずプラスへと戻れる心こそが、強い心というものだ」
「強い、心……」
言われて拓実は、ハッと気付いた。
心の強さ。
その基準とは一体何なのか。
今しがた容易く口にしたその概念が、具体的には何によって成り立っていたのか、今まで漠然としか考えた事はなかったのだ。
...To be Continued...
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ponsun URL 2011年12月14日(Wed)05時53分 編集・削除
絶対に、マイナスの言葉を口にしない事
これは、シンプルなことですが、なかなかかも
しれません
昔、たけしさん、タモリさん、さんまさんが
英語禁止ホールで競っていたのを思い出しました(嬉笑)
が、意外と難しいものなのですね
マイナス言葉を使わない
これはとても大切な向き合い方だと感じます
ありがとうございます