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■第3章:ちょっとだけファンタジー ―― 第13話
「ああ。そうだ陣内、部活動はどうだ?」
と、戸惑いかけた拓実の意識を呼び戻すかのように、あずさは軽く見開いた瞳で尋ねた。
「え? あー、まあ、最初はゆいに引きずられたもんだから面倒臭いとか思ってましたけど、今はその……やってみると面白い事も多いですから」
それに部長の教えももっと聴きたいですし、と言おうとして、拓実は口をつぐんだ。
照れくさくなったのだ。もっとも今自然と口走った台詞は正直な心情だったが。
「そうか、よかった」
心底ほっとしたように微笑んで、あずさは鉄棒へと向き直った。
両手でそれを強く握り直し、息を吸い、
「んっ!」
短い呼気と共に、鮮やかな逆上がりを披露した。
逆さになった一瞬、少しだけめくれたワンピースの裾から眩いばかりの太股が覗き、拓実は思わず目を逸らした。
あずさの身体は美しい円を描いて一回転し、地面に降り立った。
「ふぅ……逆上がりは中学の頃以来だが、案外身体は覚えているものだな。ん? どうした陣内、何故顔を背けている?」
「いえ、その、ナンデモアリマセン」
ぎこちなく視線を戻した拓実に、あずさはきょとんとしてハテナを浮かべた。
「あ……そうだ。部長に聞こうと思ってたんですけど」
と、そんな仕草にふと、彼女に聞こうと思っていた事を思い出す。
「ん、何だ?」
「その……部長はなんで、いつも俺達に教えてくれるような、いろんな事を知ってるんですか? あ、いや、勉強すればいいって事は解ってるんです。でもなんつーか、その、えっと……ってすんません、うまくまとまってなくて……」
「はは、構わんよ。そうだな……」
しどろもどろになって恐縮した後輩に、あずさは鷹揚に笑ってみせ、しばし考え込むと、
「かの古代ギリシャの哲学者、ソクラテスはこう言ったそうだ。『私の知っていることはたったひとつ。それは私が何も知っていないということだけだ』」
ゆっくりと、含んで聞かせるように語り始めた。
「私は、色々な事を知りたい。君が私の事を博識だと思うのならば、それはひとえに、私自身の無知、未熟、不完全さへの自覚からくる知識欲の賜物だろうな。うたいしえあ部でさえ、それを満たすために創設したという一面も否定できん」
それはあずさの胸の内。嘘偽りない信念と心情の発露。
常日頃、彼女の講義が聞く者を惹きつける真の原因を、拓実は理解した気がした。
「……この公園はな、うたいしえあ部の原点と言っていい」
「原点、ですか? ここが?」
と、不意に飛び出した脈絡のない告白に、拓実は不思議さを隠さず問い返した。
あずさは視線を鉄棒に落とし、しかし遠い何かを見ているような雰囲気で口を開いた。
「……小学校の頃な、私は逆上がりが全くできなかった。それでもどうしてもできるようになりたくてな。拙いなりに練習し、それだけでなく本を読み勉強もして、力学的なアプローチからも逆上がりの方法を研究した」
言葉だけなら、意外に思えた。
拓実にとってはいかにも万能超人然としたあずさにも、できない事、努力したこと、あるいはそのような過去があったのか、と。
「だが、結局小学校を卒業するまでに習得できなかった。後から気付いたことだが、幼い私には絶対的に筋力が足りなかっただけだった」
「そうだったんですか……」
小学生の時分ならまだしも、今更逆上がりができるできない程度で、メンツに響くこともない。
同様の実体験を通じて、実感として充分理解しているからこそ、拓実はやや曖昧に相槌を打った。
――だが、続けて発せられた言葉に、
「しかし当時の私は大いに落ち込んだよ。どんなに努力しても何の意味もなかったのかってね。だが、その考えこそが間違いだったと、私はこの場所で気付かされたんだ」
(……え……?)
デジャヴ、あるいはレトロコグニション、とでも呼べばよいのだろうか。
あずさの声と姿を感じながら――その時、拓実の意識に極めて奇妙な現象が起きていた。
...To be Continued...
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sarasa 2011年12月17日(Sat)13時33分 編集・削除
私も、いろいろなことを知りたいです。
他人からしたら貪欲にも見える欲求が、自分の気付かない中にあって、それがただ現実化しているだけにも思える。幸せであります。