超個人的新着RSSリーダー

  • JavaScriptをONにすると、RSSリーダーが表示されます。


     

記事一覧

うたいしこと。(46) :第4章-4

 ・プロローグはこちら

 ・第1章-1話はこちら

 ・第2章-1話はこちら

 ・第3章-1話はこちら

 ・第4章-1話はこちら

 続き
 


■第4章:最後のありがとう ―― 第4話


    ***


「おや、学生さんかね?」

 拓実とゆいが高遠の案内で所内を見て回る途中。
 入所者とおぼしきお婆さんから、廊下ですれ違い様に声を掛けられた。

「ええ、こちらはうたいしえあ部の新入部員さん達ですよ」

「おお! それはそれはよく来なさった! ゆっくりしていっておくれ」

 背の低い、どことなく可愛らしい感じのするそのお婆さんは、高遠の紹介を聞くなり破顔一笑。狼狽する拓実とゆいに、見た目からは想像もつかない握力で強引に握手してきた。
 うたいしえあ部はここでは相当に歓迎されているらしい。
 今まであずさ達がそれほどまでに多くのありがとうを集めたのだと気付いて、拓実は身の引き締まる思いがした。

 と、その時。

「むっ! ということは進一少年も来ているということかの! こうしてはおれん、進ちゃんファンクラブの皆も呼ばねば!」

 きゅぴーん。お婆さんの瞳が不意に光った。
 と思うと拓実達から手を離し、パタパタパタっ! 超早歩きで今来た方へと戻っていった。

「……しんちゃんって、藤原先輩のことかなぁ……」

「先輩って実は年上キラーだったんだな……」

 嵐のように去っていった背中を見送って、ゆいと拓実は呆然と呟いた。

「藤原君は美形だからねぇ、女性陣に大人気だよ。鳳凰院さんと弓削さんも男性陣の間では人気を二分しているし。君達の部はあれかな? 入部条件に見た目の良さでもあるのかい?」

 返答に困る。揃ってうろたえる拓実達。
 茶化し気味にくすくすと笑いながら、高遠は優しげに目を細めていた。



 福楽寿園は鉄筋コンクリートの三階建て。
 内装はそのまま旅館として使えそうなほど立派なもので、高遠に案内されながら拓実達はあたかも修学旅行にでも来たかのような錯覚さえ起こした。各所に多数設置された手すりや、壁や柱の角のクッション材などがなければ、ここが何の施設かも忘れてしまいそうだった。
 清掃なども行き届いていて、高遠をはじめとしたスタッフの心遣いがあちこちに感じられた。

「それじゃ、まずは各部屋の花を換えてもらおうかな。希望している方や、あとは寝たきりの方の部屋には花を置くようにしているんだ」

 高遠から対象となる部屋のリストをもらい、拓実とゆいは事務室にあった花束を選り分けると、手分けして各部屋へと向かった。

 随分と楽しみにしていた人が多いらしい。
 それぞれの部屋で拓実達を出迎えた入居者は、うたいしえあ部のメンバーであることを知ると揃って歓迎の意を示してくれた。
 中には、あずさ達が来ている事を知ると拓実も唖然とする勢いで部屋を飛び出していく場面もあった。

「やっぱすげぇな、部長達……っと、次はここか」

 そうして、ある個室の前で拓実は立ち止まった。
 リストによるとこの部屋には寝たきりのお婆さんが一人、暮らしているらしい。
 高遠いわく、眠っているかもしれないけれどノックをしたらそのまま入室してもいい、とのこと。
 拓実はドアを軽く叩き数拍、返事はなかったがそのまま部屋へと入った。

「失礼しまーす……」

 部屋の中はひっそりと静まりかえっていた。
 無性に緊張しつつ恐る恐る歩を進めると、ベッドに誰かが横たわっているのに気付いた。

(眠ってるのかな……)

 そっと枕元を覗き込むと、そこにはお婆さんの寝顔があった。
 面持ちは随分と弱々しい雰囲気で、一瞬生きているのかどうかすら判らずドキッとしたが、すぐに――とても微かながらも寝息が耳に届いて、内心胸を撫で下ろした。
 ベッド脇のスタンドには点滴が吊るされていて、チューブが掛け布団の下へと伸びている。

(寝たきりってくらいだし、身体、弱ってるんだろうな……)

 正直やるせない気分にはなったが、しかし嘆いたところでこの人が健康になるわけでもない。
 この無自覚な思考の切り替えは紛れもなくあずさの影響だが、とにかく気を取り直してベッド脇のサイドボードに置かれてあった花瓶を取ると、部屋に備え付けの洗面台で水と花を取り換えた。
 そうして戻ってきた拓実は、花瓶を元の位置に置こうとして、ある事に気が付いた。

「ん? これって……」

 サイドボードの上、フォトスタンドに収められた一枚の写真。
 年の頃は二十歳前後だろうか、一人の青年がスーツ姿で照れ臭そうな笑みを浮かべていた。

 その人相に見覚えがあった。
 しかも、極めて身近で。

「俺、じゃないよな……?」

 そう。いつも鏡で見慣れた顔。
 その男性は、拓実の目鼻立ちと酷似していた。

「拓郎……?」

 不意に、声がした。
 驚いて声の方向――枕元へと顔を向けると、お婆さんは目を見開き、拓実以上の驚きを無数のシワが刻まれた面に浮かべ、凝視してきていた。

「やっぱり、拓郎……拓郎じゃないの、やっと来てくれたのね……」

 言うや否や、お婆さんの目に涙が溢れ始めた。



 ...To be Continued...

 →■Click to Go to Next.

  • この記事のURL
  • コメント(2)

  •  
                       

コメント一覧

さむらい 2012年06月25日(Mon)00時28分 編集・削除

ファンクラブ…www
“楽しみ”は、人生の調味料ですね!
たまに失敗もしますし(笑)


…九州方面では水害が酷いそうですが、せらつかさん大丈夫ですか?

竹槍 2012年07月13日(Fri)11時23分 編集・削除

うみさんはどうしているだろうか…。
僕にはブログやツイッターで誠実に対応してくれたよ。
今でもブログの更新を待っています。
せらつかさんとのトラブルの話しが信じられない気持ちです。