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■第4章:最後のありがとう ―― 第9話
「あ……」
その一言で、拓実の目が醒めた。
「そうか……そうだよな……」
気恥ずかしさや事態への戸惑いが先に立ち、いつの間にか意識から抜け落ちてしまっていたが、これはそもそも拓実達のための結婚式ではないのだ。
そんな大切な事をすっかり忘れていた自分に、また違う意味での恥ずかしさを覚えた。
今は亡き孫の晴れ姿を、今なお心待ちにしている花江さん。
その望みを少しでも叶えるために、今こうして自分達は手を尽くしているんじゃないか、と。
「それはそうと神原、陣内」
と不意にあずさの声。
「君達もしっかり、自然に新婚らしく振舞う練習をしておけ」
ぶっ、と拓実が吹いた。吹きグセがついたかもしれない。
「む、無茶言わないでくださいよ部長」
「無茶も何も、やるからには徹底的にやらないでどうする。主役は君達なんだ。なんなら誓いのキスもヤラセなしで行くか?」
「ほあっ!?」
「ぶっ、部長っ!?」
あずさからさらっと飛び出た提案に、ゆいの顔面は瞬間沸騰。拓実も思わず狼狽して、
「はははっ、冗談だ」
そんな二人を愉快そうに笑うとあずさは前言撤回。
実に笑えない冗談だ。そういえば以前あずさは自分で笑いのセンスに乏しいなどと言っていた。
ピアノと違ってこっちはあながち謙遜でもなさそうだ、と拓実は内心で苦笑しつつ溜息。
ブラックジョークの素養なら豊富な気もするが。
「おぅおぅ。どーでもいいけどよぉ、放っとくとぶっ倒れそうだぜ、そこのチビガキ」
と、いきなりパソコン脇のグラティアから呆れ声。
皆、一瞬どういう事か理解できずに首を傾げ、のぼせたような呻きに揃って顔を向ける。
「ぅはぉぁぁ……たっくんと……はぁぅぅぁぁ……」
顔を真っ赤にしたままのゆいが両目をぐるぐるうずまき、全身アホ毛化したみたいにゆーらゆら揺れていた。
***
「さ、たっくん、めしあがれっ」
昼休み突入直後。
拓実の席へとすっ飛んできたゆいは、抱えていた二つの弁当包みを机に置くといそいそと中身を広げ、自信たっぷりの笑顔で言った。
「……」
「ほらほらたっくん、新婚さんらしくしなきゃ!」
憮然としたままの拓実。前の席に後ろ向きで座ったゆいから箸を手渡された。
弁当箱の中身が地味に美味そうなのがまた拓実には癪だった。
――付け焼刃でない新婚夫婦感を醸し出すというあずさの強い意向で、拓実とゆいのカップル養成プランが立てられた。
これはその一環。普段の母手製弁当の代わりに、ゆいが昼食を用意するという話だ。ちなみに立案者もゆい。
拓実としては正直勘弁してほしかったが、しれっと拓実母まで協力体制にあるから始末におえない。
一応親しいクラスメートに事情を説明してあるので変に冷やかされたりはしないのだが、それでも周囲の好奇な視線は如何ともしがたい。
とはいえ、弁当に罪はない。
「……いただきます」
「はいっ、どーぞっ」
ぶっきらぼうに箸を持ち直すと、なにがそんなに嬉しいのか、ゆいはやっぱり満面の笑み。
おかずをつまむ拓実を、頬杖を突いてじーっと眺めてくる。
「おいしい?」
「ん……まあ、な」
しかし童顔は笑っているが目が真剣だ。
妙な迫力に負け、正直に頷いた。すると、
「よかったぁ……えへへへ」
ふにゃり、とこれ以上ないくらいにとろけた表情。
普段あまり意識したことはないが、いつになく女の子なゆいの雰囲気に内心少しドキッとして、それを誤魔化すかのように拓実は黙々と箸を進めた。
「明日はごはんにハートマーク描いてこよっかなー」
「いやそれだけは絶対にやめてくれ……」
...To be Continued...
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