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■第4章:最後のありがとう ―― 第12話
和洋二つの純白を見事生まれ変わらせたほのかの手腕に、ゆいが尊敬の眼差しオーバーロードだったのはさておき。
早速、お色直しの所要時間計測も兼ねた試着会開催。着付け担当はあずさとほのかだ。
「ほぁぁ……とーってもすてきだったぁ……」
「うん……すごく良かった、神原さん」
「うむ。ああいうのを見るとつい、私も、という気になるな」
女子更衣室という密室でのシークレットリハーサルを終えて、部室に戻ってきた女性陣。
程度の差こそあれ、皆揃ってうっとりしたご様子。
「そんなに良かったんだ。僕も見たかったな」
「えっへへ……藤原先輩とたっくんにはまだないしょですよー」
どうせ当日になれば嫌でも披露するのだ。女子間で示し合わせて、ゆいの晴れ姿は男性陣には式まで秘密という形になった。
どうでもいいが、藤原とゆいが笑いながら言葉を交わす度に、いつも温和なほのかの表情が何故だか微妙にむくれたように見える。気のせいなのか何なのか、とにかくそれが拓実には素で謎だった。
「ねーねー、たっくんもたのしみ?」
と、不意にゆいがニヤニヤしながら拓実の顔を覗き込んできた。
まだ試着の余韻が残っているのか、憎たらしいくらいその丸い頬はツヤツヤしている。
「……いんや、別に」
「んもー」
いつもの調子でそっけなく否定してやる。
牛っぽく唸ったゆいは、両手を腰に当てて頬を膨れさせた。
「つーかな、ゆい、わかってんだろな? これはあくまでも花江さんのためのニセ結婚式なんだぜ? お前がずっとそんなに浮かれっぱなしでどうすんだよ」
「わかってるよー。わかってるけど……それでもうれしいものはうれしいのっ」
呆れ気味の拓実に、むくれていたゆいは徐々に表情をゆるませ、自分の頬に手を当てた。
と、その手……左手の薬指できらりと光る銀色が、拓実の目に入った。
「お前……その指輪つけてんのか」
「うんっ、宝物だもんっ」
なおも呆れた拓実の指摘に、ゆいは指をちらりと見て、満面の笑み。
「あっ、そうだ! ゆいだけじゃなくてたっくんもつけてよっ! ねっ、ねっ」
突然素晴らしい思い付きが降って来たかのような顔をしたゆいは、ごそごそとセーラーのポケットを漁ってもう一つの指輪を取り出した。
どうやら拓実用のも預かって持ち歩いていたらしい。
「ちょ、おい……何する気だ」
「えへへぇ……」
唖然と佇む拓実へと、指輪を手にしてだらしない顔でにじり寄る。何やらスイッチが入ったらしい。
そしてゆいは強引に拓実の左手を取ると、指輪を彼の薬指へとあてがい、
「な……や、めろっての!」
バッ……と。
急なアプローチに戸惑い、気恥ずかしさも手伝って冷静さを欠いてしまった。
拓実は思わず、その左手を力一杯振り解いてしまっていた。
「あっ……」
短い声が、傍観していたほのかの口から漏れた。
目の前で、光の欠片のような銀色が宙を舞い、小さな金属音を立てて床に落ち、転がっていった。
「……」
しばらく、部室の空気が凍った。
言葉を失った拓実の中に、目の前で呆然としたゆいへの罪悪感が次第に湧き立ち始め、
「ゆ、ゆい……その……」
「ご……ごめん、なさい……」
それを言葉にする前に、ゆいが震える声で呟いた。
俯き気味のその表情はどこか恐怖にも似て、いつもの明るい彼女の色は微塵もない。
「ゆい……?」
「ごめんなさ……ゆい、また……たっくんに……たっくんに、ぃっ……!」
ゆいは凍えたような調子で言うや否や、突如背を向け駆け出した。
その瞬間、拓実にはゆいが……泣いているように見えた。
...To be Continued...
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