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■第4章:最後のありがとう ―― 第13話
「追え、陣内!」
部室を飛び出していったゆい。
誰もが当惑し動けずにいた――が、あずさだけが一瞬で我に返った。
「え、でも……」
「いいから追え! 今のは君にも非がある!」
なおもまごつく拓実へ叫び、あずさはいきなり小さな何かを投げ渡した。
慌てて片手でキャッチ、それは今しがたゆいが拓実にはめようとした指輪だった。
いつの間に拾ったのか知らないが、おそらくはあずさの傍に転がったのだろう。
拓実がもう一度あずさを見る。あずさは真剣な……しかしどこか優しい笑いを織り交ぜたような絶妙な表情でひとつ、頷いた。
「っ……!」
とやかく考えるのは後だ。
あずさの瞳がそう言っている気がした。瞬時に意を決めると、拓実も部室を駆けて出た。
「……まったく、世話の焼ける」
嵐の後の部室では、あずさが軽く腕を組んで、優しげに苦笑していた。
***
「おい! 待てよっ、ゆいっ!」
怯えた小動物のように逃げるゆいを追って、拓実は校内を駆け抜けた。
拓実は俊足だ。
中学の頃は持ち前の運動能力で、助っ人の身でありながら陸上部のリレー選手として県大会出場の原動力になったこともあるほど。
さらに、ゆいはそんなに足が速いわけではない。差が詰まるまでにさしたる時間は掛からなかった。
そうして部室のある棟を飛び出し、校舎の裏手にあたる普段人気のない砂利敷の区画に入ったところで、
「っ……あわっ!?」
ゆいはずべっと足を滑らせた。
そのまま前のめり、顔面から豪快なスライディングをぶちかまそうとした身体は、
「おっと!」
すんでのところで手を掴んだ拓実によって、事無きを得た。
「あ……たっ、くん……」
「逃げんなよ、ゆい……っしょっと」
呆然と振り向き仰いだ幼馴染を、拓実は引き起こした。
立ち上がり、おずおずと振り返ったゆい。向かい合い、しばし気まずい空気が流れた。
彼女はバツが悪そうに、何度か口をゆっくりとぱくぱくさせ、やがて、
「あ、の……えっと、たっくん、その……」
「悪かった、ゆい……俺がやり過ぎた」
先程とは逆。
ゆいよりも先に、拓実が告げるべき言葉を告げた。
「ううん……ゆいが、悪いの。また、たっくんの嫌がること……無理にしようとしちゃった」
そう言って、少し目を伏せる。
それでようやく、拓実はゆいが部室を飛び出す前に見せた凍える表情の理由を知る。
「ゆい、お前……そんな事で」
「そんなこと、じゃないよ。ゆいにとっては、大事なことだもん……前みたいに、無理矢理たっくんの嫌なことして……それでゆいのこと嫌いになったりしたら、いやだもん……」
前、とは昔ボランティア活動に無理矢理引っ張り込まれた時の事だろう。
そういえばこの前の子犬騒動の時も、ゆいは電話でうたいしえあ部に引きずり込んだ事を謝っていたな、と拓実は思い出した。
彼にとっては、改めて冷静に思い返せば大したことないものばかり。
しかしゆいにしてみれば、それらは大きな気懸かりだったのだ。
そんなゆいに、どう見ても拒絶でしかない態度をとってしまった。
「と、とにかく、さっきのは悪かった。別に本気で嫌だったんじゃない、ただ、何て言うかその、焦っちまって……」
喋りながら、言い訳がましい自分が拓実は情けなくなってきた。
「……うん、わかってるよ……たっくん」
だがそんな幼馴染みへ、ゆいは不意に微笑みかけた。
「何を……何がだよ」
意外、というより意味の解らないゆいの言葉に、拓実は少しうろたえ、問い返した。
「あのね……ゆいは、たっくんのこと……わかるもん」
再度言葉を選び直したゆいの瞳は、まっすぐに拓実の目を捕らえて離さない。
「お、お前は何をわかってるってんだよ……」
「ゆい、たっくんのいいところ、いっぱい知ってるもん……」
その視線は何かを訴えかけるような色で、拓実の胸の奥へ突き刺さるかのよう。
「部長よりも、ずっとずっと、たくさん知ってるもん……」
「部長? なんで部長が」
唐突にあずさが話題に出たのが怪訝で、拓実からそんな疑問が口をついて出た。
だが、ゆいはそれに答えることはなく。
「面倒臭がりやさんでぶっきらぼうな振りしてるけど、ほんとは負けず嫌いで、昔からみんなが知らないところで頑張るところとか……テストとか、大会とか……逆上がりだってそう」
切々と語られて、拓実は面映さを否定できなかった。
確かに昔から人前で努力する姿を見せるのは極力避けてきた。
だが、それもこの幼馴染みには知られていたのだ。
「他にもあるけど、何よりいちばん……ほんとはとっても優しいところ、とか」
「そんな、俺は別に……」
「ゆいのことを、いつだって……今も、助けてくれた」
「あ……」
「こっそり逆上がりの練習してたの、ゆいだって知ってたんだよ? みんなに嘘つき呼ばわりされたって、たっくん、堂々としてて……結局、ちゃんとみんなを見返しちゃうんだもん」
「な……い、いつの間にそんなこと……」
「ずっと一緒にいたんだもん……いろんなたっくん、知ってるよ?」
まるで拓実が疑問を挟むのを許さぬかのように、ゆいはふわっ……と優しく、しかしどこか脆くはかなげな笑みを浮かべた。
粉雪のようなその笑みは、やはりすぐに融けて消え、
「でも……たっくんがそれと同じくらい、ゆいのこと見ててくれてるか……それだけは、わかんない……」
...To be Continued...
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