・プロローグはこちら。
・第1章-1話はこちら。
・第2章-1話はこちら。
・第3章-1話はこちら。
・第4章-1話はこちら。
■第4章:最後のありがとう ―― 第15話
***
色々なドタバタはあったが、ついに当日。
「う……やっぱ、すっげぇ緊張するな……」
「そ、そうだねたっくん……」
福楽寿園の廊下で、拓実とゆいは緊張の面持ち。左右に並んで出番を待っていた。
眼前の扉の向こうは、会場となる食堂兼広間。
司会進行役のあずさが、今回の賓客――入所者達へ謝辞などを述べているのが聞こえてくる。
異様に堂に入った語りで、そのままプロのアナウンサーとしても通用するんじゃないかと拓実は舌を巻く。
「でもゆい、お前も人前に出るの緊張すんのかよ。ライブの時はあんなに……」
慣れない羽織袴に落ち着かない気分でいた拓実は、同じくカチコチと固まっているっぽい隣へ声をかけた。
「あ、あああのときとは違うもんっ」
白無垢と綿帽子姿のゆいは、拓実と目線を合わせてどもった。やはり落ち着かない様子だ。
それでも、今の彼女の姿は拓実にとって、ただでさえ鎮まらない動悸を更にブーストさせる刺激だった。
それは装束だけのせいではない。
いつもとは違い、あずさやほのかの手で薄く上品に施された化粧は、ゆい本来の幼さを淡く残しながらも、透き通るような清楚さを与えていた。
月並みな言い方をすればお人形さんのようで、控え室で初めて目にした時、拓実は絶句するあまりまともな感想の一つも口にできなかった。
そんな幼馴染みが今隣にいる事自体、拓実の緊張の一因となっているのは間違いない。
「で、でも……こ、こうすればきっと、平気」
と、ゆいが不意にそう口にした途端。
拓実の手に、暖かくて柔かな何かが触れた。
「ゆ、ゆいっ……!?」
それは、汗で少ししっとりとした、彼女の手。
白無垢の袖から覗いた小さな手が、きゅっと握ってきていた。
内心で焦り、しかし取り乱したりはせず、拓実はされるがまま。
ゆいは握った手を微かに揉むようにして感触を確かめると、
「うん……やっぱり平気だった。やっぱりたっくんだよ……」
しみじみと、何やら吹っ切れたように言って、拓実に微笑みかけた。
ほどよく緊張の抜けた、いつものゆいらしい笑みだった。
「……あー、その、なんだ」
少し呆気にとられ、ふと湧いた欲求に拓実はちょっとだけ逡巡すると、
「き、きれいだぞ」
控え室で言いそびれていた言葉を、手を握り返しながら届けた。
「あ……うんっ、ありがとう……その、たっくんも、かっこいい、よ」
「う……おぅ、ありがと……」
化粧の上からでも判るくらいに桜色の頬。
俯いたゆいに褒め返され、拓実はやっぱり照れ臭くなった。
余計顔に血が上った気はするが、不思議と身体の緊張は和らいでいた。
背後では、着付けからここまで世話係としてゆいに付き添っていたほのかが、くすくすと。
「では、皆様。大変長らくお待たせ致しました……」
と、そこであずさの前置きが終わった。
「さあ、神原さん、陣内くん。がんばってね」
ほのかは前方のドアに歩み寄り、観音開きの取っ手に手をかけながら、二人に微笑みかけた。
「「はいっ」」
拓実とゆい、二人の返事が重なったその直後、
「これより、新郎新婦の入場です!」
あずさのアナウンスで、所内が一瞬静まり返った。
広間から雅楽の調べが流れ始める。用意しておいたBGMを回したのだ。
「ゆい、行こう」
「……うん、たっくん」
頷き合い、視線を戻した二人の前で、式場の扉がゆっくりと開いていった。
...To be Continued...
→■Click to Go to Next.