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■第4章:最後のありがとう ―― 第16話
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抑え目ながらも熱のこもった拍手と感嘆のざわめきが、新郎新婦を祝う。
会場の中心を貫く花道をゆっくりと進む拓実とゆい。
彼らを主役にした、花江さんのためのブライダルパーティーは幕開けから素晴らしい空気に包まれた。
福楽寿園スタッフ全面協力の下、部員達もそれぞれの役目を粛々と果たす。
司会進行と音響はあずさ、神主および神父役は進一、ほのかはお色直しや他の部員の補助を担当し、さらにはデジカメを携えカメラマンとしても動く。
厳かな神社やチャペル、高級ホテルでもなければ、プロのウェディングスタッフもいない。
手作り感満載の挙式。だがそれは、この場の誰にとっても、何ら不満たりえなかった。
来賓は花江さんをはじめとした福楽寿園の入所者達。
もちろん、花江さん以外は偽の結婚式であるのを知っている。それを抜きにしても、この催しは一種のショーやパーティーに違いない。皆それぞれに楽しみにしていたようだった。
「藤原先輩……ホントに神主だ」
仮設の小ぢんまりした祭壇で祝詞をあげる進一を眺め、拓実がぽそっと一言。
衣装は演劇部から借りたらしい。進一はこの日のために所作も練習してきた。中々さまになっている。
端っこでは巫女姿のほのかが助手役として静かに待機している……ように見せかけて、宮司姿を何となくうっとりした目で眺めている。
かと思いきやおっとりさんらしからぬ早業でカメラに収めた。
ちなみに巫女服は自前らしいが、なぜそんなものを持っていたのかは謎だ。
司会席のあずさはフォーマルなスーツでビシッと隙なく決めている。
後輩達に言わせれば、カッコイイ、の一言。他に修飾語を足しても陳腐になりそうだった。
和式に始まり、お色直しを経て洋式へと進む段取り。
セレモニーはホームの昼食に便乗して執り行なわれている。
よって、お色直しの合間に客席へと並んだ料理もホームの昼食そのもの。高遠さんの采配で普段より微妙に豪華ではあるが、他は特別変わり映えしない。
にもかかわらず、皆の箸運びといい笑顔といい、平素の風景と比べて明らかに良い雰囲気に満ちていることを、高遠をはじめとした所員達は疑いなく実感じていた。
「皆様、お待たせしました。お色直しが済みましたので、これより新郎新婦の再入場となります。どうぞ、暖かな拍手でお迎えください」
あずさの声に、扉へと注目が集まる。
そうして拍手と共に現われたのは、
「えへへへぇ……」
艶やかな純白のウェディングドレスを纏い、心底幸せそうな表情のゆいと、
「……」
対照的、タキシード姿でやけに緊張した面持ちの拓実。
無理もない。
拓実が初めてドレス姿にお目にかかったのは、ほんの2分前。
美麗極まりない――しかもずっとお子様だと思ってきた幼馴染みの――艶姿に受けた新鮮な衝撃が、まだ抜けていない。
昂ぶった鼓動を鎮められるだけの余裕なんてないまま、会場に放り込まれたわけだ。
しかも、素敵メタモルフォーゼな花嫁と腕組み、ラブラブ演出モードで。
ぶっちゃけ経験乏しい青少年ゆえの懊悩――を知ってか知らずか、
「たっくん、たっくん」
「な、なんだ……?」
花道を歩きつつ、小声でタキシードの袖を引っ張ったゆい。
ぎこちないままに応えると、
「おばあちゃん、こっち見てる」
「あ……」
言われて、拓実も気付いた。
花江さんの視線が……喜びに爛々と輝いた瞳が、真っ直ぐ拓実へと向けられていた。
普段点滴ばかりの花江さんにも、ちゃんと食べやすいように工夫された食事が供されていた。
食欲まであるのか、介添スタッフに支えられながらも、しっかり喉を通している。
食べながらも目線は拓実を捕らえて離さない花江さん。
拓実は可笑しくもあり、暖かくもあり……気がつくと、全身に絡みついていた緊張は収まっていた。
「なあ、ゆい。あとで弓削先輩に花江さんとの写真を撮ってもらおうぜ」
「あっ、うんっ。ぜったいそうしよっ」
こっそり呟いた提案に、ゆいは満面の笑みを見せた。
***
――それは、二人にとって完全にサプライズだった。
「それではこれより、新郎新婦によるウェディングケーキ入刀です」
「えっ!?」
ステージ上、ゆいが驚いて飛び上がりかけた。
隣の拓実も内心似たようなものだ。どういう事かと目線であずさに訴えかければ、司会様は何やら悪戯めいた不敵な笑み。
当惑する二人の前へ、高遠が配膳ワゴンを押してきた。
その上にはまぎれもない、純白のホイップでデコレートされたケーキ。
イメージ的にウェディングケーキと呼ぶには随分小さい。とはいえ、大きめのホールラウンドを大小二段に重ねた形の、可愛いが手の込んだ立派なものだった。
「あの……高遠さん、これって……」
「ここのオーナーに今回の事を話したら超乗り気でね。差し入れてくれたんだよ。ちゃんと高齢者向けの栄養も考えたケーキだから心配しないでね。はい、これ」
拓実の問いに、微笑む高遠はさらり。入刀用の長いケーキナイフを唖然とする二人に握らせると、ステージ脇へと身を退いた。
しかしどうにもサプライズ。拓実もゆいも、こんな練習なんてしているはずがない。完全にぶっつけ本番だ。普段親切に何でも教えてくれるあずさでさえ、ニヤニヤするばかりでアドバイスをくれる気配ゼロ。というかむしろ彼女が主犯っぽい。
「ど、どうやって切ればいいのかな……たっくん……」
「とりあえず……先の方だけ縦に入れればいいんじゃないか? ……多分」
目の前にはケーキ。手にはナイフ。隣に固まったまま戸惑うゆい。
拓実は、親戚とかテレビの結婚式じゃそんな感じだったような気がする、とおぼろげに思い出して、覚悟を決めた。
「よ、よし、入れるぞ、ゆい……」
「う、うん……ゆっくり、ね……」
聞きようによっては赤面モノの会話を交わして、拓実とゆいは共に手にしたナイフをそろそろと、高価なワレモノを扱うかのような慎重さでケーキへと刺し入れた。
途端、
「皆様、新郎新婦初めての共同作業に惜しみない拍手を!」
あずさが高らかに一声。呼応して会場からわぁっと上がった拍手。
歓声に包み込まれた二人は、ナイフを構えたまましばらく目を白黒させていたが、
「あ、おばあちゃんっ……」
ゆいがふと、呟いた。
花江さんがえもいわれぬ笑みを浮かべて、ゆっくりと手を叩いていた。
...To be Continued...
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はっはっは 2012年12月18日(Tue)03時09分 編集・削除
こんにちは~!!お久しぶりです~!!^^
元気やった?!