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うたいしこと。(59) :第4章-17

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 続き
 


■第4章:最後のありがとう ―― 第17話



    ***


「ここで、新郎のお祖母様より、ご挨拶を賜りたいと思います」

 式も終盤。予定通り(しかし当人にとっては突然)なあずさの指名に、花江さんは何となくきょとんとした表情。
 マイクを差し出したほのかの顔を不思議そうに眺めた。

「さあ、花江さん。じ……拓郎さんに、お祝いの言葉を」

 微笑んだほのかに促され、花江さんはしばしマイクを見つめると、にっこりと優しい笑みを浮かべてゆっくり口を開いた。

「拓郎……ゆいさん……ほんとうに、おめでとう」

 その語り声は本当にゆるやかで、一言一言、いや一文字一文字を噛みしめるかのよう。

「拓郎。ゆいさんは元気で素直で、とってもいい子……拓郎は男の子なんだから、しっかりと、ゆいさんを守ってあげるんですよ」

 込められた想いは、疑いようもなく確かなものだった。
 見つめられながら言われた拓実は短く、しかし真っ直ぐに、はい、とだけ頷いた。
 そして次に、花江さんの視線はゆいへと。

「ゆいさん。拓郎を選んでくれて、ほんとうにありがとう。拓郎はちょっと愛想は悪いかもしれませんが、曲がったことが嫌いな、自慢の孫です。苦労もかけるでしょうけど、これからも末永く、支えてやってくださいな……どうか、よろしくお願いします」

「はい、おばあちゃん……」

 新郎の隣で頷いたゆいの声には、涙が混じっていた。
 式の趣旨を忘れているのでは決してない。花江さんの望みを叶えるという大義名分を抱いているからこそ、この偽物のはずのセレモニーの中で、本物の涙を見せられるのだ……そう、拓実はおぼろげに感じた。

「皆にこんなに祝ってもらって、拓郎もゆいさんも、ほんとうに幸せ者ですよ……皆さん、本当にありがとうございます……ありがとうございます……」

 最後に花江さんは会場そのものに向けて告げた。
 何度も、何度もありがとうを繰り返しながら、穏やかに頭を下げ続けた。

「……」

 その切なる姿によって、水を打ったように静まり返った会場で。
 最初に手を叩いたのは、拓実だった。
 次に、ゆい。そしてあずさ、進一、ほのか、高遠、スタッフや入所者の人々……水面に生まれた波紋のように優しい拍手が広がり、一筋涙が頬を伝う花江さんを包んでいった。



    ***


 うたいしえあ部の総力を結集した一世一代のニセ結婚式は、大成功の内に幕を閉じた。
 前例のないパフォーマンスだったが、福楽寿園の人々にも概ね大好評だったらしい。
 高遠には皆の良い刺激になったようだ、と随分と感謝され、拓実達は花江さんとの別れを惜しみつつ、意気揚々と引き揚げた。



 数日後。
 協力してくれた関係各所へのお礼も済み、部は平常通りの活動に戻っていた。
 全員揃った部室では、黒板の前に集まって各自の今日の予定を、

「ん? ちょっとすまん」

 確認していたところ、あずさの携帯が鳴った。
 パスタをゆでるとたらこがやって来そうな着信音だった。

「もしもし、鳳凰い……ああ、高遠さん。いえ、大丈夫です」

 福楽寿園からのようだ。あずさが外部向けの丁寧な言葉遣いで一人喋り(電話なのでそう見える)していると、拓実にはちょっぴり新鮮に思える。

「それで……え? はい、はい……」

 と、不意に彼女の口調がやけに真剣な、というよりどこか愁いを帯びたものへと変わった。

「はい……はい、わかりました。今日後ほどお伺いします。いえ。お報せ頂き、ありがとうございました」

 皆が怪訝そうに見つめる中、あずさは何かを押し殺すかのように目を伏せて、静かに終話ボタンを押した。

「……部長、どうかしたんです?」

 神妙な空気に息を呑んでから、意を決して拓実がおずおずと尋ねると、

「神原、陣内……」

 あずさは妙に険しい目でゆいを見、そして拓実へと視線を移すと、重々しく口を開いた。 

「花江さんが、亡くなられたそうだ」



 ...To be Continued...

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