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■第4章:最後のありがとう ―― 第24話(終)
「タクミ。君はあの時、ヌイグルミだった僕の言葉を聞き届けてくれた。君がいなければ、アズサは心の鍵をひとつ、開け損なったままだったかもしれない」
「そんな、俺はただ……」
あの時――あずさがブローチを失くした時の事だ。
拓実としては当時は無我夢中で、そんな大層な事を成し遂げた気はしない。思わず目を丸くし、首を振ってグラティアの言葉を否定しようとした。
だが、グラティアはそれを遮り、
「ただそれだけ、その心ひとつで君は行動を起こした。その誰かを想うひたむきな優しさは、まさしく大いなる力だ。これからも、アズサを、そしてユイを助けてあげて欲しい。それが君に対する、僕の願いだ……聞き届けてくれるかい、タクミ?」
紺碧の瞳にきらめく光と共に、グラティアは拓実の双眸をじっと見据えた。
サファイアは、信頼と誠実を象徴する石。
まさにその通りの意志を碧眼の中に見て取った拓実は、
「……はい。俺のできる限り」
込めうる最大限の決意を込めて、確かに、頷いた。
「うん、それで充分だ」
グラティアも満足げに頷くと、一歩、もう一歩後ずさって窓辺に立った。
そしておもむろに皆をぐるりと見渡すと、深く頭を下げた。
「それから、皆には……特にアズサ、不可抗力とはいえ、誇り高き君達を穢すような言葉を、僕は散々ぶつけてしまった。それだけは、どうか謝らせてほしい……すまなかった」
「……無粋だぞ、グラティア」
だがそれを、トーンを落とした声でたしなめたのは、あずさ。
「まさか我々がそのような事で君を責めると思ってはいまい。まして、王君たる君が軽々しく頭を下げるなど……君が許しても、私が許さん」
「アズサ……ああ、確かに、その通りだね」
叱咤に顔を上げたグラティアは、鋭い視線を向けるあずさを見つめると、最初目を丸くして、次に照れたような面持ちで微笑んだ。ほんの微かに目を細め、思いを投げ返す。
「しかしアズサ、君はひとつだけ勘違いをしている。決して軽々しくなどではないよ。これは僕が……君を、そして君達を心から愛するゆえ、だからこその礼儀のつもりだ」
今度はあずさが目を丸くする番だった。
そしてグラティア同様、はにかんだ笑みを浮かべると、
「そうか……そうだな、私も少し無粋だった。許してくれ、グラティア」
「……ふふ、最後まで何をやっているのだろうね、僕と君は」
「……本当に、まったくだ。ふふふ」
自然と、長年連れ添った二人は可笑しげに笑い合っていた。
温かな絆の姿に当てられて、部員達の顔にもいつしか笑みが浮かんでいた。
と、
「そろそろ、時間だ」
不意にグラティアから放たれる光が輝きを増し、その言葉と共に別れの到来を告げた。
「最後に……アズサ」
「何だ……グラティア」
「これで僕はもう、君のそばからいなくなる。二度と、君の前に現れることはできないだろう。だけど、どうか過去にとどまらないでほしい。君は、君には誰よりも、前を向いて、今を生き抜いてほしいと、僕は願う」
「グラティア……」
急速に膨らみ始めた光量。
目を細めるあずさの表情は、眩しさからなのか、それとも……。
「そしてこれは、僕の単なるわがままなのだけど……いいかい?」
「ああ、構わないとも。グラティア」
「もし、もしも万が一、僕より後の王位継承者と出会うようなことがあれば……その時にはアズサ、また力を貸してやってほしい」
「ああ……約束する。私の力など微々たるものだろうが、それでも良ければ」
「今更何を謙遜することがある。そうなれば百人力だよ。ありがとう、アズサ」
頷き合い、そしてまた、微笑み合う。
加速度的に膨張し続ける輝度の中で、長年のパートナーは、最後の約束を交わした。
既に、眩しさは視覚の限界へと到達しつつあった。
それは、本当に――あと僅かの刻しか残されていない印なのだと、誰もが察していた。
「さあ――皆、祝ってほしい。これは僕の、新たなる門出だ」
「グラティア……ああ、祝うさ。いつまでも」
「元気でね……ぐらちゃんっ」
最早、光に埋もれた視界。
それでもどうにか、歓喜と寂寥の入り混じった……それでいて限りなく清々しい笑顔のグラティアに、あずさとゆいは精一杯応えた。
拓実も、進一も、ほのかも、それぞれに言葉にならない想いを乗せて、遥かな国の王子様の姿を目に焼き付ける。
「僕は、この上ない幸せ者だ。君達との出会いが、僕をそうさせてくれた」
共に過ごした仲間達に見送られ、グラティアは心から満ち足りた瞳で皆を見渡し、
「だから僕は、心から精一杯の笑顔で、皆に伝えよう」
最後に、静かに一度瞳を閉じ、再び瞼を上げると。
――直後、光が飽和した。
あまりの眩しさに誰もが、瞑った目を思わず手で覆う、その明るい闇の中で。
「ありがとう」
声だけが、確かに響いた。
やがて光は徐々に薄れ、完全に消え失せた。
おそるおそる目を開けた部員達が目にしたのは、いつもと変わらぬ部室の風景。
ただそこに、グラティアの姿はなかった。
~第4章・完~
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せらつ@中の人 2012年12月25日(Tue)16時45分 編集・削除
次回のエピローグで最終回です。