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■第1章:入学、そして入部? ―― 第2話
高校の教室に足を踏み入れるのは、入試以来だ。
当時は緊張でそれほど周囲を見る余裕はなかったが、高校生として改めて見渡せば、中学のそれと比べ劇的に何かが違うというわけでもなかった。少なくとも外見上は。
そんな、一年二組の教室。
既にクラスメイトは全員着席。まだ若い女性担任が、教壇で時々噛み気味に自己紹介していた。
席に着く前に拓実は集った面々をざっと見渡したが、やはりゆい以外に見知った顔はなかった。
同じ中学出身の知己は皆別クラス。別に人間嫌いではないが、また一から人間関係を構築するのかと思うと、少し面倒くさいな、と自分の席で人知れず軽い溜息をついた。
その間に担任の話は終わり、今度は生徒達の自己紹介フェイズ。五十音順で無難に進み、
「はいっ! 神原ゆいですっ! 好きな食べ物はピータンと納豆スパゲティ、好きな事は歌と踊りとボランティア活動でっす! これからよろしくおねがいしまーすっ!」
(元気よすぎだろおい……)
全力能天気スマイルで無駄に響き渡ったセルフアピール。我が事でないにもかかわらず、拓実は無性に恥ずかしくなった。
しかし確か一年前の好物はドリアン、その前はブルーチーズ、更にその前はくさやだったような、と淡い記憶を掘り起こす。なんだ臭い物だらけじゃないか、でもその割にはあいつの体臭って別にきつくないよな、そうだ今度誕生日にシュールストレミングでもプレゼントしてやろうか、などと徒然考えていると、
「次、陣内くん」
不意に呼ばれて軽く挙動不審。
そういえば何を喋るか全然考えていなかった、と立ち上がりながら後悔……したのは一瞬。
どうせ一年のお付き合い。面倒だし、今は別にこんなの適当でいいや、とすぐに開き直って、
「えっと、陣内拓実です。よろしく」
「たっくんそんなあっさり味じゃだめだよっっ!!」
速攻で済ませ着席しかけた瞬間、超速攻で待ったコール。
ゆいはくりくりした迫力のない瞳で拓実を睨みながら、何を思ったか鼻息荒く拳を握って起立し、
「あのね、ゆいとたっくんは家がお隣さんで幼馴染なんです! たっくんすごいんだよ、運動神経抜群で体操部でもないのにバック宙できるし、中学の頃はいろんな部活から助っ人頼まれたくらいで特に野球部と陸上部の」
「だーっやめろゆい! そのくらいにしろ!」
「えー? でもたっくんのいい所はみんなに知ってもらった方がいいんだよ絶対っ!」
「俺がよくねえよ!」
叫びながら、拓実は自分の顔が真っ赤になっているのを自覚していた。
くすくすと教室の所々から押し殺した笑いが聞こえ、勘弁してくれよ……と内心で呟く。
「あー、あの、神原さん?」
と、見かねた担任が割り込んだ。遠慮気味の声は、やはり苦笑混じり。
「そ、そのくらいにしてあげなさい? あなた達の仲がいいのはよく解りましたから……」
「はーいっ! とゆーわけなのでっ、みんなもたっくんのことよろしくっ!」
悪気がないから余計悪い。最後に教室中を笑顔で『キラッ☆』と見渡したゆいのアピールに、拓実はがっくりうなだれて着席した。周囲の好奇な視線が地味に痛い。
高校でのあだ名も、たっくんで確定した瞬間だった。
***
長年染みついた習慣というものは、そうそうすぐには変わらない。
高校入学という環境の変化を迎えても、拓実は今まで通りゆいのハイ&マイペースなテンションに引っ張りまわされっぱなしだった。
もっともそのお陰か、早速たっくんネタでいじりにきた数名の男子生徒と打ち解けた。
自分から働きかける手間を省けたのは、基本ものぐさな彼にとっては幸いだった。
一方で、放っておいても傍らへと寄ってきては、思い出したようにドジるゆいをさりげなくフォローしてやる……そんなポジションをいつも拓実は無意識に確保し続ける。
なんだかんだ言いながら、気がつけば互いに助けあい、支えあっている関係。
幼い頃から変わらない、近しくて奇妙な距離感が、常にあった。
「ねーたっくん。たっくんは部活決めた?」
漠然とそんな事を思いながら校舎の廊下を歩いていると、隣からゆいの声が割り込んだ。
高校生活も既に三日目。
放課後に突入したばかりの校内。二人は帰宅すべく昇降口に向かっていた。
「まだ、っていうか特に入る気ねえよ」
気だるげに応える。
昨日から昼休みと放課後は校内全体が騒然としていた。
理由はただ一つ。その名も、新入部員獲得合戦。
拓実もいくつか上級生の辻勧誘を受け、面倒に思いながら都度断った。
しかし上級生のエネルギーも押しの強さも中学生時代の比ではない。中々に難儀な期間だ。
「えー。たっくんならどの部活に入っても活躍できると思うんだけどなぁー」
「買い被りすぎだ。っつーか面倒臭え」
「もー。それがたっくんのわるいとこっ」
「へいへい……そういうゆいはどうすんだよ」
ころころ表情を変えるゆいをチラリと見やり、話題を逸らした。
彼と違って万事積極的なゆいだが、こちらもまだ部活を決めてはいなかった。
「うーん、やりたいこと多くて困ってるんだよ。たっくんが運動部に入るならそこのマネージャーもいいかなって思ったんだけど」
「ついてくんなよ」
「えー」
主体性があるのかないのかよくわからなかった。
「で、具体的に例えば何部がいいんだ?」
俺の事は抜きで、と注釈を加え、改めてゆいを見やった。
彼女は前方からやってきた髪の長い女子生徒を避けると、口元に指先を当てて考え込み、
「えっとね。お料理部とか手芸部とか……あとブラバンもいいけど、やっぱりもしあればボランティア部かなー」
「お前本当にボランティア好きだよな」
「うん。なんかこう、気持ちが晴れ晴れゆかーい、ってするから」
「……俺にはよく解らん」
『ゆかーい』で何故かバンザイしたゆいの挙動が理解できず、拓実は気の抜けた返事。
ゆいはその行動力が高じてか、いつからかボランティア活動と呼ばれるものに関心を示すようになっていた。
実際休日などにはその手の市民サークルに参加している。
当然のごとく拓実も何度か強引に引きずり込まれて従事したが、街中のごみ拾いなど彼にしてみれば偽善じみていて、何が清々しいのかよく解らない、面倒臭いだけの単純作業だった。
それで一度強く断って以来、ゆいも無理に誘おうとはしてこなくなった。
もっとも顔には、一緒に来て欲しい、としっかり書いてあったが。
と、その時。
「そこの新入生君」
不意に二人の背後から、声がかけられた。
...To be continued...
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ponsun URL 2011年11月03日(Thu)10時32分 編集・削除
「はいっ! 神原ゆいですっ! 好きな食べ物は
ピータンと納豆スパゲティ、好きな事は歌と踊りと
ボランティア活動でっす!
これからよろしくおねがいしまーすっ!」
はっはっは~
たしかに、元気よすぎのようで(嬉笑)
気乗りのしない、たっくん
どうなることでしょう
ありがとうございます