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■第1章:入学、そして入部? ―― 第6話(終)
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「……そ、それじゃお先に失礼します、あずさ先輩」
「お疲れ様です、先輩。今日もすみませんが戸締まりお願いします」
本日の部活動を終えたほのかと進一が、帰り支度を済ませて席を立った。
射し込んでいた西日もだいぶ弱まり、代わりに朱色が部室の空気を染めていた。
「ああ、構わん。お疲れ様、今日もありがとう」
窓辺に佇んでいたあずさもにこやかに二人へと応えると、そのまま部室を出て行く後ろ姿を見送る。
扉が閉まり、部室にはあずさ一人が取り残された。
今日入ったばかりの一年コンビは、明日から本格的に活動してもらうという事で既に先に帰ってもらっていた。
足音が遠ざかり、彼女を包む空間が穏やかな静寂に包まれ、しばしの間を置いて、
「ったくよう。アズサ、毎度てめぇの人物眼は最悪極まりねぇなこのドグサレ女」
と、不意に声がした。
あずさの声ではない。妙にハスキーな、それでいて言葉同様に人の精神を逆撫でするかのような、イガイガツンツンした声音。
しかし彼女の周囲、いや部室には他に人の姿はない。
「はは、君にそう言ってもらえて嬉しいよ、グラティア」
あずさは仔細ない様子でその声に答え、ふっと……机上のパソコンの方へ向いた。
正確には、その隣に置かれたヌイグルミらしきヘンテコ生物風の物体へ。
「それにしても、少し熱が入りすぎて一方的にこちらの事ばかり喋ってしまったと反省もしたが……見立て通り興味を持ってもらえて何よりだったよ」
「てめぇの腑抜けた独善トークのせいってやつだな。俺もアクビが止まんなかったぜ」
あずさがグラティアと呼んだ、その巻貝付きナマズのヌイグルミから、再び先程と同じ声がした。
この謎の物体が声の主であるのは間違いなかった。
もっとも、会話するあずさにはその奇妙な光景に対する特別な反応はない。
初めからその存在を知り、慣れているのだ。
「ふふ、君から見てもそうだったか。で、どうだい、君の目にあの二人は」
「揃いも揃ってシケたツラしてヒネくれやがってよぉ、全くの望み薄だぜぇ」
「お眼鏡にかなったってことだね。それは何よりだ」
グラティアの返答に、あずさは安堵を滲ませ微笑んだ。
その会話は変に噛みあっていない。
だが、互いの意思疎通にはまるで問題がない様子だった。
「にしてもよアズサ、てめぇ気付いてんのか? あの新入りのジャリ坊主の事」
不意の問い掛けに、あずさは少しだけ表情を固くした。
「……やはり、そうなんだな。私も初めはまさかと思ったのだが」
「天と地の間にゃ人智の及ばねえ事が山ほどあんのさホレイショー、だっけか? ケケッ」
「私をからかっているだろう、グラティア? 悲劇など好まぬと知っているくせに」
少しわざとらしく憮然とした顔を向けると、ヌイグルミからはまた下卑た笑い声。
まったく、と苦笑して、あずさはふと窓の外を眺めた。
夕闇迫る春の空を、藍と朱のグラデーションに染まる雲の欠片がゆっくりと流れていた。
「……さて、明日からまた騒がしくなるな」
半ば意識せずにそう呟き、そんな想いを抱いていた自分に気付いて、あずさは自然、口元を綻ばせた。
そして再びグラティアへと向き直ると、ポケットから何かを取り出しながら、語りかけた。
「待ち長いだろうけど、もうしばらく辛抱してくれ。私の親愛なるグラティア」
「ケーッ、てめぇに言われても何の足しにもなりゃしねえよこのドブス!」
「ははは、ありがとう。本当に君は女性の扱いを心得てるね」
彼女の手には、白金に光る、幽玄なコインのような物。
彼女の笑みに、邪気はなく、心の底から穏やかだった。
~第1章 完~
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せらつ@中の人 2011年11月06日(Sun)20時34分 編集・削除
お知らせ。
ここまで毎日アップしてきましたが、
次の第2章は、ほんのちょびっとだけ日を置いてからの公開になりますー。
楽しみにされてる方には恐縮ですが、何卒よろしくおねがいいたしますm(_ _)m