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■第2章:新入部員初任務 ――第4話
「手段でしかない……?」
「そうだ。いわゆる富や名声を求めるにしても、どうやらそれらは必死で自分から求めても存外に手に入らないもののようだ。だが、誰かのために何かをしたいという目的のもと、ただ誰かの役に立った結果、勝手にくっついてくる事はままある。そしてたとえ富や名声が手に入らなくても、誰かに喜ばれるような何かを成し遂げるという自分だけの目的を持ち、それに向かって迷わず邁進できる人間は概ね、心に幸せを抱いていると、私は考えている」
半ば放心気味に拓実が呟くと、あずさは一層雄弁に繋げた。
それは拓実にとって、意外な言葉だった。
今の彼にはこれといってなりたい職業はない。
が、それでも折に触れて漠然と、この職業っていいな、幸せそうだな、と思う事はあった。
それに言われてみれば、小さい頃から親や教師に、何の職業に就きたいかを聞かれた事はあっても、どんな人になりたいかを問われた記憶はなかった。
それほどまでに、『どんな職に就くかこそが重要』と世間一般では認知されているのだ、と気付かされた。
その概念自体を否定されたのだ。いや、この真摯な講義で、粉砕されたような気さえする。
「ああ、もちろん考え方は十人十色だ。多くの事に当てはまることだが、私は、そう考えるべきだと言っているのではなく、そういう考え方があることを提示しているにすぎない。最後に決断を下すのは君達自身なのだ。それを忘れるな」
そうあずさは付け加えたが、しかし拓実の心には、先程の衝撃が確かに食い込んでいた。
隣ではゆいがアホ毛をゆらゆら、少しうつむいて何かを反芻するようにしきりに頷いていた。一見能天気なこのお子様ぱんつ娘にも、随分思うところがあったらしい。
と、
「おっと、随分と話が大きく逸れたな。次にいこう。ほのか達が来てしまう」
不意に思い立ったように、あずさは話題を本筋に戻した。
そう言えば今のって脱線だったんだよな、と拓実も思い至る。それにしては濃かったが。
「では三だ。昨日ごみ拾いの話はしたな。今日はその場所を変えてみよう。想像してくれ」
『親切の押し売りはしない』を指示棒で指して、あずさはまたしてもイメージを促した。
つられて拓実とゆいもその態勢に入る。既に半ばパブロフの犬だった。
「今度は目の見えない一人暮らしの人の家だ。そこはとても散らかっていたとしよう。もうこれは片付けなければ到底気がすまないと思うほどにな」
このビジョンは二人にとって容易だった。
なにせ拓実の部屋はしばらく放っておくとどんどん散らかってゆき、時々見かねたゆいが強引に片付けにかかるからだ。
そういえば前に、健康な男子御用達なえっちぃ本(友達から借りた)を偶然発掘された時は、ゆいにはしばらく口を聞いてもらえなかった。
(ってこんな時に何思い出してんだ俺!?)
余計な記憶が脳裏に浮かび、振り払うように首を振った拍子。
ふと、ゆいと目が合った。
見つめ合ったゆいの頬は、何故か紅く染まっていた。
まさか同じ事思い出してたんじゃないだろな、と拓実は内心冷や汗をかいたが、もちろん確認するわけにもいかず。
「……陣内、神原」
「「はっ、はいっ!?」」
そんな二人を怪訝そうに見つめて、あずさは珍しくきょとんとした顔。
慌てて声を裏返らせながら、拓実達は揃ってぐりっと顔を前に戻した。
「どうした? 続けていいか?」
「「はっ、はいっ!」」
こくこくと頷く仕草まで添えて完全にユニゾンしていた。
これも幼馴染み特典とでもいうのか、変な所でシンクロするから困る、と拓実は内心辟易。
「ん、では続けるそ……そこで、君達が実際に片付けたとしよう。それはもう完璧に整理整頓したと。すると相手はどうなると思う?」
気を取り直したあずさの問いに、必死で当初の設定を思い出し、拓実はまだ少しだけ狼狽の残る頭をひねった。
が、その考えがまとまる前に、ゆいがおずおずと口を開いた。
「えーっと、前よりきれいで過ごしやすくなるんじゃないかなー、と、思い、ます……」
最後の方は消え入りそうな回答に、あずさはふふっ、と微笑んで、こう言った。
「実はその人はな、見た目どんなに散らかっていても、そんな我が家の何処に何があるのか完璧に知っていた。だからそれまで、大して生活に不都合はなかった」
「あっ……それじゃ……」
そこまで聞いて、ゆいは目を見開いた。自分の回答の誤りを悟ったのだ。
その様子にあずさも一つ頷いて、
「そうだ。それなのに目が見える者の基準で片付けてしまったことで、今までそこにあったはずの物がない、どこにいったか判らないという状況に陥る。つまり生活がままならなくなってしまうのだ。感謝どころか君達を迷惑に思うだろうな。これも押し売りの一種だ」
「ああ、なるほど……」
拓実もそこで得心した。言われてみれば確かにその通りだ。
二人とも納得した事に、あずさは満足げにまた頷き、
「つまり、自分の価値観だけで物事を計った結果だな。相手の身になって、それが本当に相手が求めている物か、相手にとって必要な事なのかを考える想像力を持て。あるいはあらかじめ相手に確認する周到さを持て、ということだ。覚えておいて損はないぞ。では次、四だ」
少し駆け足なのだろうか、あっさりまとめると、ぺしっと六訓に指示棒の先を当てた。
そこには『困っている人、悩んでいる人を「救ってあげよう」としない』の文言。
「これは昨日説明した幸せの在り処についての事とかなり被るのだがな。覚えているか?」
「あ、う……たっくぅん」
「あのな……えっと、幸せは心の状態だ、ってやつですか? 悲劇や不幸は存在しない、とか……」
記憶力の可哀相なゆいをフォローした拓実の答えに、あずさは力強く微笑んだ。
「その通りだ。我々は、他人を直接幸せにはできないのと同じように、誰かの心を完全に救う事などできない。そもそもそんな大それた存在ではない。結局最後に自分の心を救えるのは、自分自身の心の有り様なのだ。だが、裏を返せばここにはもうひとつ共通点が見出せる……」
そこであずさは少し間を置き、一度深く息を吸ってから、声と共に吐き出す。
「つまり。これもまた同じように、誰かが自身を救うための手伝いなら、我々にでもできる」
...To be Continued...
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ponsun URL 2011年11月14日(Mon)04時52分 編集・削除
ふと、ゆいと目が合った。
見つめ合ったゆいの頬は、何故か紅く染まっていた。
まさか同じ事思い出してたんじゃないだろな、と拓実は内心冷や汗をかいたが~
このあたりの描写は見事ですね
その場に居るような感覚になってきます
ありがとうございます