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■第2章:新入部員初任務 ――第16話(終)
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里親の女子生徒達は、それぞれ一匹ずつ子犬を胸に抱き、愛おしそうに眺めたり、撫でたり。
子供達もそれを満足げに、しかし別れを惜しむように取り囲んでいた。
先生達は既に去り、夕暮れ迫る小屋の前には高校生と小学生と子犬という、奇妙な一団が取り残された。
「良く粘ってくれたな。ありがとう、相沢さん」
そんな中、拓実達三人はかなと向き合い、あずさが微笑みながら労いの言葉をかけた。
「みんなに話したら……味方に、なってくれたの」
「そうか。君はちゃんと、君のできることを成し遂げたんだな。えらいぞ」
そう言ってあずさは、かなの頭をそっと撫でた。
かなの顔がくすぐったそうにふにゃりと歪み、ややあって。
「ほんとうに、ありがとうございます。おねえちゃん、おにいちゃん」
ぺこり。
かなは心底幸せそうに微笑みながら、頭を下げた。
その純粋な心をまっすぐ受け取ったあずさは、力強く微笑んで。
「うむ、良いありがとうを貰った。こちらこそありがとう」
(ん……?)
拓実はふと、そんなあずさの受け答えに違和感を覚えた。
だが、それを確認する間もなく、
「それと、里親が見つかったからってこれで終わりにするんじゃないぞ。後であのお姉さん達に連絡先を聞くんだ。そして時々は様子を見に行って、犬の遊び相手になってあげるんだぞ」
「あ、はいっ!」
「よし、いい返事だ。では我々はこの辺で退散するとしよう。相沢さん達も遅くならない内に帰るんだぞ。また困った事があれば遠慮なく相談に来たまえ。陣内、神原、行くぞ」
「かなちゃん、またねっ」
「うん、ゆいおねえちゃんもまたねーっ」
笑顔で手を振るかなに見送られ、拓実達は小学校を後にした。
「ゆい……お前お姉ちゃんって呼ばせてたのかよ……」
「妹みたいでかわいかったよねぇかなちゃん……うっへへ」
「頼むから誘拐とかすんなよ……っと、そういえば部長」
道すがら、よだれを垂らしかねない形相のゆいに呆れつつ、拓実はふと先程から抱いていた疑問をあずさにぶつけてみる事にした。
「ん? 何だ、陣内」
「さっき……最後、かなちゃんにお礼を言われて、部長もありがとうって返しましたよね。あれはどういう……」
肩越しに応えたあずさに、拓実は歯切れ悪く尋ねた。
拓実自身、実は上手く質問の要点を掴みきれていなかった。
だが、あずさはしばらく黙り込んだ後、
「うたいしえあ部は、ありがとうを集める部だと昨日言ったな」
ゆっくりと、言葉を紡いだ。
「……はい」
「これはあくまで私の経験則……信じようと信じまいと構わんのだが」
その語り口は、何か遠くを見るような、どことなく淡々とした風だった。
「人の心とはな、ありがとうという言葉に接するたび……それこそ一つでも多く触れれば触れるほど、成長するのだ。そしてそれは単に人に言ってもらうだけに留まらない。自分が口にした分も含まれるのだ。私の心は知識や技術より何よりも、一番はそれによってここまで成長させてもらえたと確信している」
その内容は、確かに直接的な根拠に乏しいものだった。
しかし、あずさが何かを誤魔化したり、嘘をつこうとしているのではなく、単に自分の見知った事実の羅列として語ろうとしているのだという事だけは、何故か拓実には理解できた。
「だから、相手が自分に何かをさせてくれた事、あるいは感謝してくれたことに対して感謝する。そうすれば、単純に倍成長できる。更にはそれにまたありがとうを貰える事もある。そうなれば三倍だな。お得だとは思わんかね」
そうして、あずさはおもむろに振り返き、不敵に笑ってみせた。
夕焼けが端整な横顔を照らし、拓実はそのあまりの艶やかさに目を奪われた。
「だから『言ってもらう』ではなく『集める』なのだ。我々がこうしてさっきありがとうをもらえたのは、相沢さんや、彼女を叱った先生や、里親の皆や、子犬や、とにかく全ての存在があってこそだ。我々の力だけでは絶対にない、むしろそれは微々たるものなのだ」
歩きながら再度前に向き直り、あずさは噛みしめるように語る。
その口調は、他ならぬ自分に言い聞かせるかのような響きだった。
「私も、陣内も、神原も、それぞれ持っているのは一人分の力でしかない。どんなに頑張っても、一人でいる以上それは一人力だ。だが他にも様々な人が集まり、関わり……そうして十人分、百人分の力が物事を動かしたのだという事を忘れるな。もちろんそれらに対する感謝もな」
あずさお得意の講義風長口上に、ゆいが微かに首を捻った。
「えっと……なんとなくわかるような、わかんないような……」
「ふふ、急いで解ろうとすることはない。ただ、私はそう思っている、という事だけを、受け入れてくれさえすればいい」
あずさはたおやかにそう微笑み、高校の正門でふと足を止めると、二人へと向き直った。
「私は、何事にも感謝し続ける。そして、私自身の成長をありがたく享受する」
その静かな、しかし確固たる笑みは夕日に染められ、オレンジ色に輝いていた。
「言うなればそれこそが私の、この胸の内に灯り続ける……幸せだ」
鳳凰院あずさの抱く、情熱そのままの色に。
(やっぱり……変な部だ)
ぞっとするほど美しいその姿に魅せられて、拓実は内心、そんな想いを抱いていた。
そして不意に、かなが最後に見せた幸せそうな笑顔がだぶって見えた。
その笑顔は拓実に、自身の心へと正直に向かい合わせた。
(でも……悪く、ないよな)
悪い気など、全くしなかった。
~第2章 完~
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せらつ@中の人 2011年11月25日(Fri)06時24分 編集・削除
とゆーわけで。
次の第3章開始はまたほんの少しだけ日を空けます。
皆さんいつも読んでいただいて、本当にありがとうございますm(_ _)m