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■第3章:ちょっとだけファンタジー ―― 第1話
「ほんっとにありがとーう、藤原くん。とっても助かったわー」
エプロンに三角巾姿の一見たおやかな女子が、両手を組み満面の笑みで謝辞を述べた。
彼女は料理部の部長さん。
拓実と進一は、料理部の依頼で調理実習室の冷蔵庫の修理を済ませたところだった。
とはいえ、もちろん拓実にそんなスキルはない。実際に手を入れたのは進一だ。拓実はもっぱら、冷蔵庫を動かしたり支えたり工具を進一に渡したり、と助手働き。
「業者さんが来るの一週間くらい後になっちゃうらしくて。どうなる事かと思っちゃったー」
「いや、こちらこそ頼ってくれてありがとうございます。ただあくまで応急処置だから、業者の人が来たら改めてしっかり修理してもらってください。まあそれまでは多分持つと思いますけど、何かあったらまた僕たちに言ってくださいね」
そう告げて進一は爽やかに微笑んだ。料理部員の女子達の黄色い視線がスマートなマスクの先輩へと注がれているのが、拓実には若干居心地悪い。
「うん、ありがとう! あ、これよかったらみんなで食べてー。ほら、後輩クンもー」
と、部長さんは何やら可愛い紙包みを二人に手渡してきた。お菓子か何かだろう。
拓実は微妙にしどろもどろになりながら受け取って、
「あ、はい、その、ありがとうございます」
「くぅー、かっわいぃ~! 食べちゃいたいわー」
じゅるり、と聞こえた気がした。年下趣味なのかもしれない。
「ありがとう、陣内君。やっぱり力仕事のできる人がいると助かるよ」
「いえ、そんな」
包み(どうやらクッキー入りらしい)を手に、拓実と進一は部室へと廊下を歩く。
子犬の一件から数日。活気を取り戻したうたいしえあ部には、また新たな依頼がいくつか届いていた。拓実が思っていた以上にうたいしえあ部は頼られているようだった。
で、彼らが担当したのがそのひとつ。
「藤原先輩こそ、まさか冷蔵庫の修理までできるなんて」
普段何気なく使っているはずの家電製品。その仕組みについて自分は全然把握していなかった事を思い知らされ、拓実は少ししばかり恥ずかしさを憶えていた。
が、同時に自然と、進一への尊敬の念が湧いて出る。
「はは。まあ、これもある意味先輩のお陰で身についたようなものだからね」
「部長の?」
前を向いたままどこか嬉しそうに語る進一。拓実はふと、その横顔を見やって訊いた。
「うん。本当に先輩は立派な人だよ。高校に入ってすぐうたいしえあ部を作って、一年の時から部長までこなしてたらしいし」
進一は、同性の拓実から見ても随分とハンサムだ。かといって鼻にかけたり、近寄りがたい雰囲気でもない。
ナチュラルにソフトな空気を漂わせる、絶妙な優男っぷりだった。
「僕もね、今でこそ一応、こうして誰かに感謝してもらえる人間になれたけど、中学、そして高校に入学したての頃はそれはもう陰気なメガネっ子でね。部屋にこもって一人で精密機器やコンピューターをいじるのが趣味だったんだ」
男が自分で自分をメガネっ子というのはいかがなものか、と拓実はツッコむべきか悩んだ。
「そんな僕の趣味を先輩は取り柄だと言ってくれてね、そのままスカウトされたんだ。おまけにコンタクトにして髪型も決めてみろって。それで今はこんな感じさ」
「へぇ……」
髪をボサボサにしてメガネ装備すれば昔の雰囲気になるのだろうか、と拓実は進一の横顔を眺めつつ想像してみたが、全く絵が浮かばなかった。それほどまでに劇的に変わったという事なのだろうか。何にしても、進一の内面と外面、その両方の真価を見出したあずさは大したものだ、と再確認。
「でも、入った当初はやっぱり苦労したよ?」
と、不意に進一が拓実へとにこやかな顔を向けた。
丁度すれ違った二年生らしき女子が、「やっほー藤原くーん」と手を振りながら歩いていった。
藤原もそれに応え手を振ると、また視線を前に。やはりというか、結構人気者らしい。
「元々僕が得意だったのは電子回路やコンピューターなんだ。けど、依頼でさっきみたいな冷蔵庫や扇風機とか、つまりは家電やメカの類を直せないか、って言われる事もある。どれも似たような物と思うかもしれないけど、実際に要求される技術は全くの別物だからね」
「まぁ……それは何となくわかります」
「今思えば強引な話だけど、それでも先輩はできるできないにかかわらずとりあえず引き受けてきて『藤原、やってみろ』って。退くに退けないってのもあったけど、僕もどうにかそれに応えたくて片っ端から資料や文献を漁ったり、体当たりで分解してみたりして。失敗した事もあったけど、そうしてどうにか依頼もこなしていって……気がついたら色んな分野に手が出せるようになってた。裾野が広がった、って言うのかな。自信も増したかもしれない」
つまりこの辺りもことごとくあずさの采配だということか。改めて思い知らされた彼女の神機妙算っぷりに、拓実は内心舌を巻いた……と同時に、彼女が案外スパルタなのにも気付く。自分も似たような目に遭わされるんじゃ、と軽く戦々恐々。
「不思議なものでね、そうして視野が広がると、これはどんな仕組みだろう、こっちはどんな構造なんだろう、ってあちこちに興味が湧いてくるんだ。今じゃ依頼とは関係なしに色々な技術本を読んで実験したりしてるよ」
そんな拓実の心情を知ってか知らずか、進一はやっぱり爽やかに微笑んで、
「だから、今の僕がいるのは間違いなく、先輩のお陰なんだ。僕を拾ってくれた先輩には本当に、心から感謝してるよ」
なんのてらいもなく、そう言ってのけた。
...To be Continued...
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