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うたいしこと。(25) :第3章-2

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 続き
 
 

■第3章:ちょっとだけファンタジー ―― 第2話



 
    ***


 同じ頃。

「弓削先輩すごーい。はやいしうまいしやす……いはなんかちがうなー」

 とある教室で、ゆいは自分の台詞に首を傾げつつも、心底感服した声をあげた。
 うたいしえあ部の他にも、空き教室を部室として利用している部がこの高校にはいくつかある。

「そ、そう? ふふ、ありがとう、神原さん」

 ゆいの少々アレな賛辞に、しかし素直にほのかは微笑んだ。
 そう。ゆいとほのかは、その演劇部にお邪魔していた。

 二人が手にしているのは、舞台で使われる華やかな衣装。
 新入部員の加わるこの時期、新しい劇の仕込みや配役の変更などが絡み、衣装の仕立て直しが急務になる。
 大忙しの演劇部への助っ人として、手芸裁縫の得意なほのかが招聘されたのだった。
 ちなみにゆいはオマケ、もといほのかの補佐と経験値稼ぎ。

「前から思ってたんですけど、どうしてそんなに上手にできるんですかっ?」

「そ、そうね……小さい頃からこういうのが大好きで、色々作ったりしてたから……」

 ゆいの問いに答えながら、ほのかは手にした衣装へと、それは鮮やかな針さばきで細やかな刺繍を描いてゆく。
 ちなみにゆいにはそんな器用な真似はできないので、やる事といえばせいぜいボタンの付け直しやパッチ当てくらいだった。それでも時々縫い針で指を突っついている。

「でも、あずさ先輩の方がもっとすごいのよ。あ、こんな事言ってたなんて先輩には言わないでね。叱られちゃうから」

 と、ほのかは悪戯っぽい表情で自分の唇の前で人差し指を立ててみせた。

「え、なんでですかっ?」

「あのね、あずさ先輩はよくこう言うの。誰にでも必ず一つはすごい取り得がある。それをいちいち並べて誰がすごいすごくないなどと比べても大して意味がない、サメとワシとライオンのどれが一番強いか決めるようなもの、大事なのは支え合うことだ、って」

「なるほどまるほどぅ……」

 無駄に感慨深げにゆいは頷いた。とはいえ何も考えていない訳ではない。
 その時ゆいの頭にあったのは、以前あずさが語った言葉。

『つまり、誰かができない事は、その技術を持った他の誰かが補う。人間の社会とはそうやって成り立っている。自分の手に負えないものを一人で抱え込もうとするな』

 記憶力に難ありのゆいだが、正確には憶える力に問題があるのではない。思い出すのが不得手なだけだ。
 こうして連想する何かに触れれば、するっと蓄えた記憶が出てくるのだった。
 もっとも今そんなのはどうでもよい事。ほのかは針を進めながら話を繋ぐ。

「でも実際、あずさ先輩はすごいのよ。とにかくたくさんの事を知ってて、それを自慢するでもなく、かといって出し惜しみするわけでもなく。ただ目の前の人のためになると感じたのなら……ためらったり、そう、臆病になったりせずにそれを使う。その使い所を知ってる。本当に、すごいひと」

「弓削さーん、ちょっといいかしら、ここの裏地なんだけど」

「あ、はーい」

 と、不意に演劇部の女子に呼ばれて、ほのかは手を止めた。
 そして隅でミシンと格闘している彼女の元へと行き、縫い方をさくっと指導してすぐに戻ってきた。

「ひっぱりたこちゅーですねー」

「うふふ、そうね」

 意味不明なタコ顔をしたゆいに、ほのかはくすくすと微笑んで、それから感慨深げに。

「こうして他の部とかにお邪魔すると、たくさんの刺激になるの。作りたい物のインスピレーションに繋がったりするし……正直言うと、うたいしえあ部にいるのが楽しいの」

「あ、ゆいも楽しいですよっ。入ったばかりですけどっ」

「そう。ふふ、それはよかった……あ、そう言えば、神原さんはどうしてうたいしえあ部に入ろうと思ったの?」

「はひっ?」

 唐突に切り返され、ゆいはにっこり顔のまま目を丸くするという器用な芸当を見せた。
 裁縫もそのくらい変幻自在にできればいいのだが。

「あー、その……えっと、ゆいはですね、もともとボランティア活動が好きなんです。それを廊下でたっくんと話してたら、ちょうど部長にも聞かれてて、それで、来たまえー、って」

「ということは、陣内くんも?」

「あ、たっくんは……ゆいがむりやりひっぱってきたんです。面倒臭がりやさんですから」

 そう答えつつ、ゆいは少し目を伏せ、語勢を弱くした。
 その様子に、ゆいが拓実を強引に入部させた事に負い目を感じていると察したほのかは(実際それは間違っていないのだが)、少しだけ黙り込んだ。
 そして、

「か、神原さん、その……心配しなくても、大丈夫、じゃないかしら」

「弓削せんぱい……?」

 と、微妙にぎこちないながらも優しい言葉を発したほのかに、ゆいは顔を上げて瞳を向けた。

「その……あくまでも、わたしから見た感じだけど。陣内くん、そんなにうたいしえあ部のこと嫌がってる感じじゃないから」

 微かに不安の色を残したゆいの瞳に、ほのかはあくまでも柔らかく、微笑みながら言う。
 その母性溢れる面影は、ゆいの心を暖め、徐々に元の明るいテンションを取り戻させてゆく。
 が、たったひとつ、

「それに、陣内くんがあずさ先輩を見るときの目、わたしはちょっと何かあるんじゃないかなって」

 ほのかはミスをした。

「……」

 ずーん。
 と、ゆいから何かが抜け落ちた音がした。

「……え? あの、神原さん?」

「……や……」

「や?」

 どんより俯いた後輩の顔をおそるおそるほのかが覗き込むと、ゆいの口からエクトプラズム混じりの呟きが漏れ始め、

「や……や、やっぱりぃぃ……たっくん、としうえのおねいさんがこのみなんだぁぁっ……」

 えーっ!? というほのかの驚きは声にならず、代わりにあわあわと狼狽モード。
 それからほのかが散々ゆいをフォローしてどうにか復帰させるまで、更に一時を要した。


 ...To be Continued...

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