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■第3章:ちょっとだけファンタジー ―― 第7話
「……言わなくても解っていると思うが、料理とは作られる物だ。はじめからその形で樹や畑に実っているわけではない」
少し真顔で男子二人を見据えながら、あずさはさりげなくお得意の講義モードにシフトした。
独特の雰囲気が説得力となって、拓実と三宅は思わず神妙に頷く。
「今はコンビニだマックだピザだなどと食産業が溢れてしまってその意識が希薄になりがちだがな。三宅君はどうだ? 日頃そういった手料理以外の物、あるいはジャンクフードばかり食べてはいないか?」
「う……その通りっス。わかってはいるっスけど、おかげさまでこの体型っス……」
図星を突かれたか、三宅は悲哀を込めて制服の上から自分の脇腹の肉を掴んだ。
あっさりな自虐に拓実も苦笑。気の利いたフォローなどできそうにない。
が、あずさだけは違った。
「ふふ、それなら一つ秘訣を教えよう。何を食べるにしても必ず『これを食べるとやせる』と言ってから食べるといい。逆に『これを食べると太るかも』と言ったり思ったりしながら食べるとその通りになる。要は一種の自己暗示だが、人間の体というものは存外、そのような暗示のとおりに変化しようとする働きを発揮してくれるものだ。まあ、限度もあるだろうが、もしやせたければ是非試してみてくれ」
「はぁ……」
「部長……そんなので本当に効くんですか?」
優しい微笑で告げられた不思議なアドバイスに、三宅はきょとんとした顔。
拓実も、いくらあずさの言う事とはいえ、半信半疑どころか二信八疑くらいの気分で訊ねた。
「まぁ、私もこの方法を知った時は眉唾物だったのだがな……実績があるんだ。彼女を見てみるといい」
そう言ってあずさは、拓実たちからは離れた料理台を指差した。
料理部長さんが、たおやかな外見とは裏腹のものすごい勢いで、キャベツを軽やかに千切りしていた。
「二年前の彼女はな、料理好きが過ぎてか、それはもう丸々と太っていて、いわゆるコンプレックスだったんだよ。それで気休めにでもなれば、とこの方法を教えたんだが……半年もしない内に今とほとんど変わらない体型になってしまった」
苦笑気味に明かされた衝撃の過去に、「うそでしょ……」「まじッスか……」と、男性陣は揃って唖然。
「っと、話が逸れたな。とにかく早い話が、君が言うところの至高のやきそばパンを本気で求めるのなら、既製品で満足せず、自分でも作ってみるのがいい、という事だ。この機会を設けた理由の一つは、君にその作り方を知ってもらうためでもある」
「うぅ……恥ずかしながら、確かに今まで自分で作るだなんて考えた事もなかったっス……」
「そうか。それは余計に身につけ甲斐があるな」
そう言って、あずさは今度は力強く微笑んでみせた。
三宅は、やきそばパン限定とはいえ、食に関して素直な情熱を燃やす人物だった。
一時の面談でそれを見抜いて、対処療法ではなく根本から状況を覆す策として即座にこの方法を考案し、速やかにセッティングしてみせたのは、まぎれもないあずさの手腕だ。
人一人がどんなに頑張ってもそれは一人力だ、そう言ったのはあずさだった。
だが、これまで目にしてきた彼女の力を一人力と呼ぶにはあまりに謙遜が過ぎる、と拓実は心底思う。
あるいはあずさは単に自他の力の引き出し方が上手なだけで、自分はその効率が悪いのだ、とも考えてしまうが。
そんな拓実の思い煩いをよそに、あずさの課外授業は続く。
「それに考えてもみたまえ。君が今後も買うことでしかやきそばパンを手に入れるつもりがないのなら、つまりはパン屋や工場の数しか新しいやきそばパンに出会えないということになる。だが、それに自分で試行錯誤して作った物を加えればどうなる?」
「いっつぁむげんだーいっ」
と、拓実達の対面でニンジンをピーラーで剥いていたゆいが、両手の指でそれぞれ作った輪っかを頭上で左右に繋げた格好で、大真面目に拓実達へと顔を向けた。
『∞』のつもりらしいが、アホ毛と重なって何か別の謎記号か古代文字のようだ。
「……うむ、そういうことだ。試行錯誤し続けることで、神原の言う通り出会いは無限になる。仮に一から作れなくても、コッペパンと焼きそばを手に入れて組み合わせるという手段だってあるだろう? 乱暴かもしれんし味も保証できんがな」
「あー、それは考えた事あるっス。でも何となく不味そうだったからやった事ないっス。今度試しにやってみるっス」
「ふふ、そうか。その時は感想を聞かせてくれたまえ」
納得顔で生地をこねる三宅に、あずさはにこやかに頷いた。
ゆいもにひひと笑って見せ、その隣ではほのかのメガネが玉ねぎに鉄壁のディフェンスを発揮している。
「まあ、要するに手に入れる方法はひとつきりではないし、ひとつに限定する必要もない、という事だ。自分で作ることで、購買の物以上のやきそばパンに出会える可能性だって飛躍的に増える。自ら工夫して手に入れたものは、感慨もひとしおだしな。あれほどまで熱く語れる情熱を持っているのなら、追い求めてみる価値はあると思うが、どうかな」
「そうっスね……でも、自分だけでうまく作れるっスかね……」
...To be Continued...
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