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うたいしこと。(31) :第3章-8

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 ・第3章-1話はこちら


 続き
 


■第3章:ちょっとだけファンタジー ―― 第8話
 



 ふと手を止め、そう言った三宅は少しだけ自信なさげな面持ち。
 だがあずさは鷹揚に笑う。

「はは、だから今ここで作り方を経験して帰るんだ。意欲さえあれば、経験はまた経験を呼ぶ。そうして作った味に満足できないなら、それを研究するという楽しみも湧いてくるだろう。パン屋や工場にお邪魔して見学するなりバイトするなりしてもいい。君自身の知識や目標も自然と広がってゆくだろうな」

「あずさっちの言う通りよー。何ならキミ、この料理部に入らない? 男子部員も欲しいなーって思ってたのよー。一緒にお料理しましょうよー」

 と、いつの間によって来たのか、料理部長が長ネギを持ったまま三宅の両肩を揉むように掴んだ。
 そして思いがけず女子に触れられて焦る彼をさくっと勧誘。のみならず、

「何なら後輩クンもどう? うたいしえあ部と掛け持ちでもいいわよー」

「え、あ、その、俺は……」

 触手が伸びてきた。随分と気に入られたらしい。しどろもどろの拓実。
 途端にゆいがアホ毛をおっ立てて何やら危険な気配を漂わせ、

「勘弁してくれ。陣内はウチの部を支える大事な力なんだ。さすがに困る」

 と、即座にあずさが苦笑混じりでフォローを入れ、知らず危機を未然に食い止めた。

「あっはっはー、だよねー。ま、気が向いたらでいいわー」

 部長さんは呵呵と笑って、ネギを振り振り去っていった。
 あずさは言わずもがなだが、この料理部長も見た目によらず随分アクが強い。
 類友なのだろうか、と拓実は苦笑した。

「まったく……」

 と、珍しく口をへの字にして部長さんの背中を見やった後、あずさは向き直り、語り出した。

「三宅君。君は今日、君の欲しい物を手に入れるための、新しい方法を手に入れた。それは、大元を辿れば他者の姿勢を変える事によってではなく、自分の視点を変える事によってだ」

 麗人に大真面目な顔で見つめられ、三宅は催眠術に掛かったかのように頷いた。

「世間にはな、自分を変える事なく、とにかく必死で相手を自分の思うままに変えようと躍起になる人があまりにも多い」

 次にあずさは拓実を、そしてゆいやほのかを見渡しながら、

「だが他人を変えるのも、世の中を変えるのもハッキリ言って非常に困難な事だ。自分を変えないまま、となると尚更な。そうして変えられないものを必死で変えようとして、人は怒ったり、嘆いたり、絶望したりして自分を傷つけていく。滑稽なことだ」

 そして最後に自らの胸に手を当て、誰よりもあずさ自身に言い聞かせるかのように、言葉を紡ぐ。

「それよりも自分を変える方が、言い換えれば自分の受け止め方、考え方を変える方が、圧倒的に簡単で効果的なのだ。そして結果的には、多くの場合その方がよりスムーズに他人や世の中を変える事に繋がる。例えばそこに暗く沈んだ人がいれば、その人に無理矢理明るくなれなどと難儀な事を求めるのではなく、まず自分が活き活きと輝き、その人を優しく照らす太陽になればいい」

 もちろん臨機応変、曲げてはならない信念もあるだろうからな、と軽く笑いながら注釈を入れて、あずさは再び、まだ少しポーッとしっぱなしの三宅を見据えた。

「そうやって変わっていけば、もしかしたら将来の君は、ミシュランガイドに載るような凄腕のやきそばパン職人になっているかもしれんな」

 そんな大げさな、と笑いつつ料理を続けた一同だったが、



 できあがったやきそばパンの味に、三宅は大興奮していた。
 やはり、手作り&作りたてはモノが違うらしい。


 ...To be Continued...

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コメント一覧

ponsun URL 2011年12月10日(Sat)07時33分 編集・削除

まず自分が活き活きと輝き~

さすが、あずささん
照る照る坊主のように
でしょうね


ありがとうございます

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