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■第3章:ちょっとだけファンタジー ―― 第15話
 
「マザーテレサは、『愛の反対は無関心である』と言ったそうだ」
 ぽつり、と漏らした声は、誰のためのものなのか。
「私はそれだけでなく、嬉しさも、喜びも、哀しみも、迷いも、怒りも、憎しみも……幸せも、あらゆる感情の対極は無関心だと思う」
 視線を虚空に泳がせたまま、ゆっくりと、噛みしめるようにあずさは言葉を紡いでゆく。
 その姿に拓実はふと、彼女は実は空から降りて来た天使で、今その故郷を想っているのではないか、という変な想像にかられた。
「あの時、この場所で、私は幸いにも無関心ではなかった……だからこそ、今の私がいる」
 少しだけ、風が吹いた。
 遥かあずさの見やる彼方へ、長い黒髪をなびかせながら、流れていった。
「ゆえに私は、私自身にも……その少年にも、感謝している。常にそうでありたい」
 風が止み、あずさは再び拓実へと向き直った。
 ふっと、えもいわれぬ微笑を浮かべて。
「部長……」
「そうだ陣内。逆上がり、やってみせてくれないか」
 まだ残る感覚の余韻のまま半ば呆然と呟いた拓実に、あずさはずっと握ったままだった鉄棒から手を離し、僅かに目を見開いてそう促した。
 願われるがままに拓実は頷き、身を退いた彼女の代わりに鉄棒の前に立った。
 昔は丁度良かった高さも、今では随分と低く感じられた。
 両手で鉄棒を握り締め、一呼吸。
 拓実の足が、砂を蹴った。
 あずさは何も言わず、ただ微笑のまま、力強く回る姿を眺めていた。
 一回転。拓実の足が再び砂に降り立った。
「……うん、ありがとう」
「部長こそ……ありがとうございます」
 何のためらいも、面映さもなく。
 二人は互いに見つめ合い、自然と感謝を交わしていた。
「ああ、ありがとう。では、私はそろそろ帰るとする。また明日学校で会おう」
 あずさはそう言い残すとゆっくり身を翻し、颯爽と、やはり風のように歩き去っていった。
「はい、また」
 鉄棒を握ったまま、素朴ながらも水仙のように艶やかな後ろ姿が見えなくなってからも、拓実はしばらく残響にも似た風の音に浸っていた。
 ――不思議に思っていた。
 入部してからこのかた、どうして、あずさの主張をまるで魔法がかかったかのように受け入れていたのか。
(まだ、魔法は続いていたんだ……あの日から、ずっと)
 そよそよと謡う風の香りを味わいながら、いつの間にか、そう悟っていた。
 ……どれくらい時間が経ったか。
 気がつけば夕闇が随分と迫っていた。
「……俺も帰るか」
 夢うつつの区別もつかないような心地良いリフレインを断ち切って、拓実はようやく鉄棒から手を離し、一歩、
「ん?」
 その爪先に、何か硬いものが当たった。
 見れば、足元の砂に半ば埋もれるようにして、コインらしき物が落ちていた。
 拾い上げてみると、それはずしりと重い、鮮やかな白金色のブローチだった。
 入部した時に拓実達が授かったバッジ同様、表面には二つ、いや三つの五芒星が入れ子で刻まれている。
「部長の……だよな」
 そのデザインが拓実の記憶の中の物と一致する。
 昨日、あずさのセーラー服の下に見たものと。
 そして……いつかのあの時、あの魔法少女の胸にあったものと。
 きっと逆上がりの時だ。地面がクッション用の砂地だったために気付かなかったのだろう。
 そう思い、拓実は電話なりメールなりであずさに報せようかとも考えたが、
「……明日直接渡そう」
 その時の拓実は、それを思い止まった。
 どうせ明日また会うんだ。
 あの時とは違う。どこの誰かもわからない存在じゃないんだ。
 だからその時、手渡せばいい。そんな安心感が、拓実にそう選択させた。
 次の日、あずさは学校に来なかった。
 ...To be Continued...
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ponsun URL 2011年12月20日(Tue)05時57分 編集・削除
あずささんの主張をまるで魔法がかかったかのように
受け入れていた拓実さん
分かるような気がします
あずささんが学校に来ない?
気になりますね
ありがとうございます