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■第4章:最後のありがとう ―― 第3話
***
そして、日曜日。
「な、言ったとおりだったろう、神原」
「はい、そですね……」
午前中の快晴下。バスに揺られながら、あずさとゆいが何やらひそひそ会話をしているのが聞こえてきた。
それも、自分の方をチラ見しながら。
気になって仕方なくなり、拓実は堪えきれずに訊ねてみる。
「あの……部長、それにゆいも。俺がどうかしたんですか……?」
「ん? いやなに。何だかんだ言いながら、陣内はしっかり演奏を仕上げてきてくれた。さすがは陣内だな、と思ってな」
「う……ええ、まあ、ああなったらさすがに後にはひけないですよ。確かに面倒くさかったですけど、もうハラはくくってますから……ありがとうを集めるって部長の目的もあるわけだし、その役に立つんだったら、四の五の言ったってしょうがないですよ」
「たっくん……」
「そうか……本当に、ありがとう、だな。陣内」
「いえ、そんな……仕上げたって言っても俺のギターは全然ヘタクソですし、ほとんど部長のピアノで成り立ってるじゃないですか」
「それでも、だ。うたいしえあ部の一員として、私は陣内を誇りに思う」
「……はい。部長こそ、ありがとうございます、色々と」
(……たっくんが部長を見る目……やっぱり、ゆいの時と違うよね……。たっくんは……どう思ってるんだろう、部長の事……)
それぞれの想いを乗せて、バスはただ、進んでゆく。
***
そんなこんなで。
うたいしえあ部の面々は、路線バスを降りてすぐ、緑豊かな郊外の閑静な場所に佇むとある施設の前にいた。
老人ホーム『福楽寿園』である。
「ほぁー、結構りっぱなところなんですねー」
外観を見渡し、ゆいは口をぽかんと開けて感心の面持ち。
庭園まで備えた広めの敷地には、まだ比較的新しそうな三階建ての建物。
くどくない程度に目立つ薄オレンジ色の屋根は、遠くからでも建物を見分けられるようにするための配慮か。
「よし、皆こっちだ。ついて来たまえ」
あずさに率いられ、一同は玄関へと向かった。
明るいエントランスホールに踏み入ると、エプロン姿の精悍な男性が笑顔で出迎えた。
「やあ、お待ちしていましたよ、皆さん」
「お久しぶりです、高遠さん。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶を交わしつつ、あずさと男性は深々とお辞儀、進一とほのかもそれに倣う。大人な挨拶に緊張しつつ、拓実とゆいも頭を下げた。
高遠と呼ばれたその男性は三、四十代くらいか。色黒で体育会系の風貌ではあるが、とても柔和な雰囲気を漂わせている。
「いつもいつも来ていただいて本当に助かります。入所者の皆さんも楽しみにしていますし」
「こちらこそ、我々のような若輩を受け入れてくださってありがとうございます……おっと、陣内、神原、こちらはここの所長の高遠さんだ。高遠さん、この二人が今年の新入部員です」
と、あずさが脇にずれて、初顔合わせの一年生達を紹介。
「はじめまして、所長の高遠です」
「は、はじめまして、じ、陣内です」
「神原ゆいですっ! よろしくおねがいしますっ!」
「陣内君と神原さんだね。初めてだと戸惑う事も多いでしょうけど、肩の力を抜いてくださいね。入所者の方々は皆、君達若い人には優しいから、心配いらないよ」
高遠はにっこり微笑むと、初々しい二人を物腰柔らかく諭した。
あずさとはまた違った風格と抱擁感に、安堵して少し緊張が和らぐ。
しかし恐縮する拓実に対して突撃風味のゆい。同じ緊張しているのでもここまで反応に差が出るものか、とあずさはこっそり苦笑していたが、当然二人は知る由もない。
「よし、では早速だが事務室に荷物を置いたら藤原とほのかは各自行動に移ってくれ。神原と陣内は勝手がわからないだろうから、まずは高遠さんについて回るといい。高遠さん、よろしくお願いします」
「ええ、お安いご用です。では皆さんこちらへどうぞ」
と、気を取り直してあずさが一同に指示を飛ばす。
快く同意した高遠も、案内するべくそのまま身を翻した。
...To be Continued...
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