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■第4章:最後のありがとう ―― 第5話
「え、え……?」
寝たきりだったはずじゃなかったのか。
突然の事に、拓実は目の前の状況を呆然と眺めるしかできなかった。
必死で上半身を起こそうともがくお婆さん。
しかし寝たきり生活のせいだろう、まるで力が入っていない。
次第に身体がシーツの上でずれてゆき、硬直する拓実の見ている前でベッドから落下しそうになった。
「っ危ない!」
咄嗟。我に返った拓実は花瓶を放り投げ、ほとんど抱きつくような格好でお婆さんの身体を支えた。そのあまりの軽さに、一瞬ぞっとした。
落ちた花瓶は鋭い音を立てて粉々に割れ、床に水たまりを作った。
しかし、当のお婆さんはそれをまるで気にも留めず、
「拓郎……拓郎や……」
涙まじりの声でしきりに呟きながら、拓実の存在を確かめるかのように弱々しい両腕で抱き締めてきた。
何が何だか解らず、拓実がしばらくそのままの体勢で呆然としていると、
「たっくんどうしたの、っ!?」
花瓶が割れた音を聞きつけたのだろう。血相を変えて飛び込んできたゆいが、目の前の奇妙な光景に言葉を失って立ちすくんだ。
「拓郎……拓、郎……」
そんな若者達の戸惑いに気付く様子もなく、お婆さんは拓実にしがみついたまま、とめどなく涙を流し続けていた。
***
「そうですか……」
拓実から一部始終を聞いて、高遠はやや沈痛な面持ち。
――あの後やってきた高遠さんとあずさのフォローで、その場は収まった。
割れた花瓶を片付けて部屋を出た拓実達は、とりあえず事務室で落ち着いて状況を確認する事となり、今に至る。
「あの……拓郎、って一体、誰なんですか?」
そうして拓実、ゆい、あずさ、そして高遠の四人は揃って椅子に腰掛け、顔を突き合わせていた。
いまだ混乱の抜けきれない拓実が、それでもどうにか脳内を整理して高遠に尋ねた。
「……花江さん、あのお婆さんはここに来る以前、息子さん夫婦とその一人息子、つまりお孫さんと一緒に暮らしていたんです。拓郎というのは、そのお孫さんの名前です」
話すべきか悩んだのだろう。
高遠は少し逡巡したが、やがて伏し目がちに語り始めた。
「しかし……数年前のある日、その三人は事故で帰らぬ人になってしまいました」
拓実には、ゆいが息を呑んだのが判った。
あずさは膝の上で両手を組み、神妙な表情のまま傾聴している。
「お孫さんは婚約を決めたばかりで、花江さんはその結婚式をとても心待ちにしていたそうなんです。しかし事故のショックで寝たきりになってしまわれて、それでもその死を受け入れられなかったんでしょう。親戚の方の手配でここに住み始めてからも、拓郎はまだか、はやくお嫁さんの顔を見せておくれ、と繰り返し……。私達が気分転換で外に連れ出そうとしても、留守の間に拓郎が来たらいけない、と決してベッドから動こうとはしなかったんです」
高遠の真摯な語り口は、花江さんの、ひいては入所者全員を常に案じていることを窺わせた。
「そういう訳で……花江さんの心身は日々弱っていく一方でして、既に認知症に近い状態で、自力ではまともに動けなかったはずなんです。それが、陣内君を目の当たりにした事で活力を取り戻したように……私には思えました」
「じゃあ……やっぱりあの写真の人が、拓郎……」
言葉の最後で高遠に視線を向けられ、拓実は自分そっくりの姿を思い出しながら呟いた。
「そうですか……余程陣内が、その拓郎さんと瓜二つだったのですね」
仔細を把握したあずさも、納得の目を高遠、そして拓実に向けると、考え込む仕草。
と、その時。
「花江さん、かわいそう……」
おとなしく話を聞いていたゆいが、ふと沈痛な同情を漏らした。
「きっと、結婚式、すっごく見たかったんだんだろうなぁ……」
「……そうか。それだ神原!」
「……部長?」
何かを閃いたような、唐突な反応。
ゆいが不審げに問いかけると、あずさは不意に鋭い瞳を後輩達へ向けた。
そして――拓実達がこれまで幾度か感じてきたものと同じ――不敵で無敵な雰囲気を放ち始めるや否や、
「孫子曰く、兵は詭道なり。陣内、神原、君達に人を騙す覚悟はあるか?」
意味ありげにそう告げて、にやり、と微かに口の端をつり上げた。
***
「おお、拓郎や……」
再度部屋を訪れた拓実に気付いて、花江さんはベッドの上から顔だけを横に向けて微笑んだ。
「えっと、その……」
「おや、そちらの可愛らしい娘さんは、どなただい?」
ここに来てかけるべき言葉を見失いかけた拓実に、しかし先んじて花江さんが彼の隣に並んでやって来たゆいを見るなり、怪訝そうな顔をした。
更にその後ろではあずさと高遠が、事の成り行きを静かに見守っている。
「あ、え、っと、こ、この、子は……」
花江さんの問いに、拓実はどうにか口を動かす。
だが続いて発するべき台詞の内容が彼にとってはあまりに衝撃的で、思うように体が動かない。
そして、
「この子がその、俺、いや僕の、こ、ここ、」
「はいっ! ゆいがたっくんの婚約者です!」
...To be Continued...
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せらつ@中の人 2012年12月06日(Thu)11時08分 編集・削除
おひさしかたぶらりです。脱臼の擬音みたい。
いろいろと一段落したのでうたいしことのまとめにも手をつけてそれも片付いたので順次公開再開とあいなりましたですよ半年も空いちゃってもうしわけございませんですほんとにもう。
実のところ最終話までのアップも終わってまして、全67話ってことになりますです。あと20話くらい。
これからほぼ毎日1話ずつとして年末には終わるかなってつもりですけじゅらってます。何の前触れもなく再開したんで何人が気づいてくれるやらw
まーそんなわけでどんなわけだ。
性懲りもなくリビングデッド中といいますか水面下ではかなり活発に動いてますんで、これをもって安否確認とすます。では良いお年を(ぇ ←早いよ