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■第4章:最後のありがとう ―― 第14話
今まで見たこともない表情を見せる少女に、拓実は、すぐに返せる言葉が思いつかなかった。
思えばゆいは、彼にとって今まで当たり前のように傍にいる存在だった。
時には煩わしく思う事もあるが、しかし結局は彼を取り巻く日常を、ある意味最も原初的な部分で彼女は形作ってくれていた。
それに、今やっと気付いた。
初めてのゆいの色彩に触れて、今までどれほどの時を共に過ごしたのかを自覚したことで。
「およめさんの衣装、ね……こないだ、おばあちゃんに見てほしいからって言ったけど」
と、ゆいは拓実を見据える瞳を僅かに見開いて口にした。
「もうひとり、どうしても見てほしいひとがいるの」
「それ、って……まさか」
拓実の胸がひとつ、大きな鼓動を打つ。
「あのね……ゆいは、ゆいには部長みたいに難しいことはわかんない。けど、幸せになってほしい人とか、笑っててほしい人のために一生懸命になると、ゆいも……ここが、すっごくあったかくなるんだ」
ゆいもまた、自分の胸にそっと手を当てた。
まるで拓実の動悸とシンクロしたかのように。
「だから、いろいろボランティアとかするようになったの。笑っててほしいから。幸せでいてほしいから……支えたかったから。……見てて、ほしかったから。だから……裏目に出ちゃうのは……たっくんに嫌な思いさせるのは、絶対嫌だもん」
「ゆい……」
「ゆいは……ずっとたっくんの近くにいたもん。これからも、たっくんの近くにいたいもん。たっくんが一番近くにいたいって思える誰かにめぐり合って、ゆいがたっくんの近くにいられなくなるまで……」
ゆいはただ、淡々と事実を語るかのような口振りで、その想いを紡いでゆく。
「だからたっくんが誰を好きで、これからどうなっても……」
そして、再び微笑んで。
「ゆいは、たっくんと一緒に過ごしてきた時間を……これから過ごせる時間を、たっくんの目の前にいる今を、精一杯感じて、生きていたいの」
今度は、去りゆく冬のような、仄かな温もりの微笑みだった。
拓実は少しの間、唖然とした心地で見つめていた。
しかしこうして――今までで最も、心の深い部分まで見せてくれた彼女へ、同様にして応えなければならないと悟った。
「……ゆい、俺は――」
しかし、ゆいは静かに首を横に振った。
「ううん、今は何にも言わないで。これはゆいのわがままだから」
普段からは想像もできないほど、穏やかで、安らかな笑顔で。
「今までたっくんが見たことないゆいを、見てほしいっていう、わがまま……」
それはやはり、拓実にとっては初めて目にする、ゆいという少女の一面だった。
「たっくんには……たっくんにだけは、いつまでもゆいの事を忘れないでいてほしいっていう、ゆいの……わがまま」
「ゆい……」
示されたありったけの想いに、拓実はもう、それ以上言葉にはできなかった。
しかし。
「でも……ごめんね、たっくん。ゆい、迷惑ばっかり……」
ゆいは、やっぱりゆいだった。
一度は通り過ぎた後悔へ、また戻ってしまっている。
それが何故だか無性に可笑しくて、
「……たっくん?」
拓実は、無意識に微笑んでいた。
「ったく、何言ってんだ。今更迷惑だなんて思うか」
きょとんとしたゆいの様子で自分の表情に気付く。
それでも、自然に湧き出てくる言葉を止められない。
いや、止めるつもりもなかった。
「……その、お前みたいな騒がしい奴、忘れるわけ……忘れられるわけがねえだろ。お前が忘れろって言っても、俺は憶えてるよ、きっと。死ぬまで」
「たっくん……」
流れに任せるまま言葉を発し、ようやくそれが収まると、拓実はゆいが微かに瞳を潤ませ始めたことに気付いた。
経験とは便利でもあり、怖いものでもある。
このままではゆいが間違いなく泣き出すと直感的に察すると、即座に浮かんだ一つの対策を実行に移した。
こんな時どうすればいいのか。それもある種の経験則。
言い換えれば、気心知れた――幼馴染同士の絆、なのだろう。
「ゆい……ほら、これ」
そうしてずっと握り締めていた拳を開いて見せる。
手のひらには、銀。
「あ……」
「つけて、くれるか?」
「…………うんっ」
頷いた笑顔は、いつもの無邪気なそれだった。
彼女は指輪を手に取ると、拓実が差し出した左手の薬指に、今度こそ、静かに通した。
「ありがとな、ゆい」
「ふへへ……」
ふにゃん、とだらしないほど蕩けた顔。すっかりいつものゆいだった
「でも……ほんとならゆいの方が先に、ありがとう、だよ?」
「ん? どういう事だよ」
「さっき、助けてくれたもん。ちゃんと掴んでくれたもん」
言って、ゆいは自分の手を……感触を確かめるようにさすり、包み込む仕草。
つい今しがた、コケかけたゆいを救うため。拓実が咄嗟に握った、手。
途端に、温もりを感じた。
既に耳目に慣れたはずの、ゆいからの感謝が。
ありがとうが、こんなに暖かいものだったなんて。
温もりが、次第に熱さへと変わる。
拓実の頬と、掌で……滑らかな触感の記憶を伴って。
「そ、それにしても……ゆい、何でお前、さっきあんなに嬉しそうっつーかハイテンションだったんだよ。いくら試着した後つっても、やっぱはしゃぎすぎだろ」
少しだけ焦った意識が、とにかく事態を収拾して部室に帰るのが先決、と逃避コースを弾き出す。
取り繕い気味ながらも、拓実は疑問を口にした。
「へ? え、あー、えっと……それは……」
するとゆいは何やら挙動不審。視線を宙に泳がせ、おもむろに斜め下へと俯くと、
「だって……たっくんのおよめさん……だもん」
ポソ、と到底聞こえない小声で呟いた。
「ん? 何?」
「……なんでもなーいよっ!」
そう言い捨てて、ゆいは朗らかな笑顔で身を翻し、駆け出した。
...To be Continued...
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