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うたいしこと。(57) :第4章-15

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 続き
 


■第4章:最後のありがとう ―― 第15話




    ***


 色々なドタバタはあったが、ついに当日。


「う……やっぱ、すっげぇ緊張するな……」

「そ、そうだねたっくん……」

 福楽寿園の廊下で、拓実とゆいは緊張の面持ち。左右に並んで出番を待っていた。

 眼前の扉の向こうは、会場となる食堂兼広間。
 司会進行役のあずさが、今回の賓客――入所者達へ謝辞などを述べているのが聞こえてくる。
 異様に堂に入った語りで、そのままプロのアナウンサーとしても通用するんじゃないかと拓実は舌を巻く。

「でもゆい、お前も人前に出るの緊張すんのかよ。ライブの時はあんなに……」

 慣れない羽織袴に落ち着かない気分でいた拓実は、同じくカチコチと固まっているっぽい隣へ声をかけた。

「あ、あああのときとは違うもんっ」

 白無垢と綿帽子姿のゆいは、拓実と目線を合わせてどもった。やはり落ち着かない様子だ。
 それでも、今の彼女の姿は拓実にとって、ただでさえ鎮まらない動悸を更にブーストさせる刺激だった。

 それは装束だけのせいではない。
 いつもとは違い、あずさやほのかの手で薄く上品に施された化粧は、ゆい本来の幼さを淡く残しながらも、透き通るような清楚さを与えていた。
 月並みな言い方をすればお人形さんのようで、控え室で初めて目にした時、拓実は絶句するあまりまともな感想の一つも口にできなかった。
 そんな幼馴染みが今隣にいる事自体、拓実の緊張の一因となっているのは間違いない。

「で、でも……こ、こうすればきっと、平気」

 と、ゆいが不意にそう口にした途端。
 拓実の手に、暖かくて柔かな何かが触れた。

「ゆ、ゆいっ……!?」

 それは、汗で少ししっとりとした、彼女の手。
 白無垢の袖から覗いた小さな手が、きゅっと握ってきていた。
 内心で焦り、しかし取り乱したりはせず、拓実はされるがまま。
 ゆいは握った手を微かに揉むようにして感触を確かめると、

「うん……やっぱり平気だった。やっぱりたっくんだよ……」

 しみじみと、何やら吹っ切れたように言って、拓実に微笑みかけた。
 ほどよく緊張の抜けた、いつものゆいらしい笑みだった。

「……あー、その、なんだ」

 少し呆気にとられ、ふと湧いた欲求に拓実はちょっとだけ逡巡すると、

「き、きれいだぞ」

 控え室で言いそびれていた言葉を、手を握り返しながら届けた。

「あ……うんっ、ありがとう……その、たっくんも、かっこいい、よ」

「う……おぅ、ありがと……」

 化粧の上からでも判るくらいに桜色の頬。
 俯いたゆいに褒め返され、拓実はやっぱり照れ臭くなった。
 余計顔に血が上った気はするが、不思議と身体の緊張は和らいでいた。

 背後では、着付けからここまで世話係としてゆいに付き添っていたほのかが、くすくすと。

「では、皆様。大変長らくお待たせ致しました……」

 と、そこであずさの前置きが終わった。

「さあ、神原さん、陣内くん。がんばってね」

 ほのかは前方のドアに歩み寄り、観音開きの取っ手に手をかけながら、二人に微笑みかけた。

「「はいっ」」

 拓実とゆい、二人の返事が重なったその直後、

「これより、新郎新婦の入場です!」

 あずさのアナウンスで、所内が一瞬静まり返った。
 広間から雅楽の調べが流れ始める。用意しておいたBGMを回したのだ。

「ゆい、行こう」

「……うん、たっくん」

 頷き合い、視線を戻した二人の前で、式場の扉がゆっくりと開いていった。




 ...To be Continued...

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