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うたいしこと。(58) :第4章-16

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 続き
 


■第4章:最後のありがとう ―― 第16話



    ***


 抑え目ながらも熱のこもった拍手と感嘆のざわめきが、新郎新婦を祝う。
 会場の中心を貫く花道をゆっくりと進む拓実とゆい。
 彼らを主役にした、花江さんのためのブライダルパーティーは幕開けから素晴らしい空気に包まれた。

 福楽寿園スタッフ全面協力の下、部員達もそれぞれの役目を粛々と果たす。
 司会進行と音響はあずさ、神主および神父役は進一、ほのかはお色直しや他の部員の補助を担当し、さらにはデジカメを携えカメラマンとしても動く。

 厳かな神社やチャペル、高級ホテルでもなければ、プロのウェディングスタッフもいない。
 手作り感満載の挙式。だがそれは、この場の誰にとっても、何ら不満たりえなかった。

 来賓は花江さんをはじめとした福楽寿園の入所者達。
 もちろん、花江さん以外は偽の結婚式であるのを知っている。それを抜きにしても、この催しは一種のショーやパーティーに違いない。皆それぞれに楽しみにしていたようだった。

「藤原先輩……ホントに神主だ」

 仮設の小ぢんまりした祭壇で祝詞をあげる進一を眺め、拓実がぽそっと一言。
 衣装は演劇部から借りたらしい。進一はこの日のために所作も練習してきた。中々さまになっている。

 端っこでは巫女姿のほのかが助手役として静かに待機している……ように見せかけて、宮司姿を何となくうっとりした目で眺めている。
 かと思いきやおっとりさんらしからぬ早業でカメラに収めた。
 ちなみに巫女服は自前らしいが、なぜそんなものを持っていたのかは謎だ。

 司会席のあずさはフォーマルなスーツでビシッと隙なく決めている。
 後輩達に言わせれば、カッコイイ、の一言。他に修飾語を足しても陳腐になりそうだった。

 和式に始まり、お色直しを経て洋式へと進む段取り。
 セレモニーはホームの昼食に便乗して執り行なわれている。
 よって、お色直しの合間に客席へと並んだ料理もホームの昼食そのもの。高遠さんの采配で普段より微妙に豪華ではあるが、他は特別変わり映えしない。
 にもかかわらず、皆の箸運びといい笑顔といい、平素の風景と比べて明らかに良い雰囲気に満ちていることを、高遠をはじめとした所員達は疑いなく実感じていた。

「皆様、お待たせしました。お色直しが済みましたので、これより新郎新婦の再入場となります。どうぞ、暖かな拍手でお迎えください」

 あずさの声に、扉へと注目が集まる。
 そうして拍手と共に現われたのは、

「えへへへぇ……」

 艶やかな純白のウェディングドレスを纏い、心底幸せそうな表情のゆいと、

「……」

 対照的、タキシード姿でやけに緊張した面持ちの拓実。

 無理もない。
 拓実が初めてドレス姿にお目にかかったのは、ほんの2分前。

 美麗極まりない――しかもずっとお子様だと思ってきた幼馴染みの――艶姿に受けた新鮮な衝撃が、まだ抜けていない。

 昂ぶった鼓動を鎮められるだけの余裕なんてないまま、会場に放り込まれたわけだ。
 しかも、素敵メタモルフォーゼな花嫁と腕組み、ラブラブ演出モードで。
 ぶっちゃけ経験乏しい青少年ゆえの懊悩――を知ってか知らずか、

「たっくん、たっくん」

「な、なんだ……?」

 花道を歩きつつ、小声でタキシードの袖を引っ張ったゆい。
 ぎこちないままに応えると、

「おばあちゃん、こっち見てる」

「あ……」

 言われて、拓実も気付いた。

 花江さんの視線が……喜びに爛々と輝いた瞳が、真っ直ぐ拓実へと向けられていた。

 普段点滴ばかりの花江さんにも、ちゃんと食べやすいように工夫された食事が供されていた。
 食欲まであるのか、介添スタッフに支えられながらも、しっかり喉を通している。
 食べながらも目線は拓実を捕らえて離さない花江さん。
 拓実は可笑しくもあり、暖かくもあり……気がつくと、全身に絡みついていた緊張は収まっていた。

「なあ、ゆい。あとで弓削先輩に花江さんとの写真を撮ってもらおうぜ」

「あっ、うんっ。ぜったいそうしよっ」

 こっそり呟いた提案に、ゆいは満面の笑みを見せた。


    ***


 ――それは、二人にとって完全にサプライズだった。

「それではこれより、新郎新婦によるウェディングケーキ入刀です」

「えっ!?」

 ステージ上、ゆいが驚いて飛び上がりかけた。
 隣の拓実も内心似たようなものだ。どういう事かと目線であずさに訴えかければ、司会様は何やら悪戯めいた不敵な笑み。

 当惑する二人の前へ、高遠が配膳ワゴンを押してきた。
 その上にはまぎれもない、純白のホイップでデコレートされたケーキ。
 イメージ的にウェディングケーキと呼ぶには随分小さい。とはいえ、大きめのホールラウンドを大小二段に重ねた形の、可愛いが手の込んだ立派なものだった。

「あの……高遠さん、これって……」

「ここのオーナーに今回の事を話したら超乗り気でね。差し入れてくれたんだよ。ちゃんと高齢者向けの栄養も考えたケーキだから心配しないでね。はい、これ」

 拓実の問いに、微笑む高遠はさらり。入刀用の長いケーキナイフを唖然とする二人に握らせると、ステージ脇へと身を退いた。

 しかしどうにもサプライズ。拓実もゆいも、こんな練習なんてしているはずがない。完全にぶっつけ本番だ。普段親切に何でも教えてくれるあずさでさえ、ニヤニヤするばかりでアドバイスをくれる気配ゼロ。というかむしろ彼女が主犯っぽい。

「ど、どうやって切ればいいのかな……たっくん……」

「とりあえず……先の方だけ縦に入れればいいんじゃないか? ……多分」

 目の前にはケーキ。手にはナイフ。隣に固まったまま戸惑うゆい。
 拓実は、親戚とかテレビの結婚式じゃそんな感じだったような気がする、とおぼろげに思い出して、覚悟を決めた。

「よ、よし、入れるぞ、ゆい……」

「う、うん……ゆっくり、ね……」

 聞きようによっては赤面モノの会話を交わして、拓実とゆいは共に手にしたナイフをそろそろと、高価なワレモノを扱うかのような慎重さでケーキへと刺し入れた。
 途端、

「皆様、新郎新婦初めての共同作業に惜しみない拍手を!」

 あずさが高らかに一声。呼応して会場からわぁっと上がった拍手。
 歓声に包み込まれた二人は、ナイフを構えたまましばらく目を白黒させていたが、

「あ、おばあちゃんっ……」

 ゆいがふと、呟いた。
 花江さんがえもいわれぬ笑みを浮かべて、ゆっくりと手を叩いていた。



 ...To be Continued...

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コメント一覧

はっはっは 2012年12月18日(Tue)03時09分 編集・削除

こんにちは~!!お久しぶりです~!!^^
元気やった?!

せらつ@中の人 2012年12月18日(Tue)12時07分 編集・削除

>はっはっはさん
お久ですわーw
新陳代謝活発で冬でも手足指先ぽかぽかなくらい元気でございます(ほんと
ブログ外でなーんのおしらせもしないで再開したんで誰か来る人いるんかなーとか思いましたがありがとうございますw

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