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うたいしこと。(66) :第4章-24

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 続き
 




■第4章:最後のありがとう ―― 第24話(終)



「タクミ。君はあの時、ヌイグルミだった僕の言葉を聞き届けてくれた。君がいなければ、アズサは心の鍵をひとつ、開け損なったままだったかもしれない」

「そんな、俺はただ……」

 あの時――あずさがブローチを失くした時の事だ。
 拓実としては当時は無我夢中で、そんな大層な事を成し遂げた気はしない。思わず目を丸くし、首を振ってグラティアの言葉を否定しようとした。
 だが、グラティアはそれを遮り、

「ただそれだけ、その心ひとつで君は行動を起こした。その誰かを想うひたむきな優しさは、まさしく大いなる力だ。これからも、アズサを、そしてユイを助けてあげて欲しい。それが君に対する、僕の願いだ……聞き届けてくれるかい、タクミ?」

 紺碧の瞳にきらめく光と共に、グラティアは拓実の双眸をじっと見据えた。
 サファイアは、信頼と誠実を象徴する石。
 まさにその通りの意志を碧眼の中に見て取った拓実は、

「……はい。俺のできる限り」

 込めうる最大限の決意を込めて、確かに、頷いた。

「うん、それで充分だ」

 グラティアも満足げに頷くと、一歩、もう一歩後ずさって窓辺に立った。
 そしておもむろに皆をぐるりと見渡すと、深く頭を下げた。

「それから、皆には……特にアズサ、不可抗力とはいえ、誇り高き君達を穢すような言葉を、僕は散々ぶつけてしまった。それだけは、どうか謝らせてほしい……すまなかった」

「……無粋だぞ、グラティア」

 だがそれを、トーンを落とした声でたしなめたのは、あずさ。

「まさか我々がそのような事で君を責めると思ってはいまい。まして、王君たる君が軽々しく頭を下げるなど……君が許しても、私が許さん」

「アズサ……ああ、確かに、その通りだね」

 叱咤に顔を上げたグラティアは、鋭い視線を向けるあずさを見つめると、最初目を丸くして、次に照れたような面持ちで微笑んだ。ほんの微かに目を細め、思いを投げ返す。

「しかしアズサ、君はひとつだけ勘違いをしている。決して軽々しくなどではないよ。これは僕が……君を、そして君達を心から愛するゆえ、だからこその礼儀のつもりだ」

 今度はあずさが目を丸くする番だった。
 そしてグラティア同様、はにかんだ笑みを浮かべると、

「そうか……そうだな、私も少し無粋だった。許してくれ、グラティア」

「……ふふ、最後まで何をやっているのだろうね、僕と君は」

「……本当に、まったくだ。ふふふ」

 自然と、長年連れ添った二人は可笑しげに笑い合っていた。
 温かな絆の姿に当てられて、部員達の顔にもいつしか笑みが浮かんでいた。
 と、

「そろそろ、時間だ」

 不意にグラティアから放たれる光が輝きを増し、その言葉と共に別れの到来を告げた。

「最後に……アズサ」

「何だ……グラティア」

「これで僕はもう、君のそばからいなくなる。二度と、君の前に現れることはできないだろう。だけど、どうか過去にとどまらないでほしい。君は、君には誰よりも、前を向いて、今を生き抜いてほしいと、僕は願う」

「グラティア……」

 急速に膨らみ始めた光量。
 目を細めるあずさの表情は、眩しさからなのか、それとも……。

「そしてこれは、僕の単なるわがままなのだけど……いいかい?」

「ああ、構わないとも。グラティア」

「もし、もしも万が一、僕より後の王位継承者と出会うようなことがあれば……その時にはアズサ、また力を貸してやってほしい」

「ああ……約束する。私の力など微々たるものだろうが、それでも良ければ」

「今更何を謙遜することがある。そうなれば百人力だよ。ありがとう、アズサ」

 頷き合い、そしてまた、微笑み合う。
 加速度的に膨張し続ける輝度の中で、長年のパートナーは、最後の約束を交わした。

 既に、眩しさは視覚の限界へと到達しつつあった。
 それは、本当に――あと僅かの刻しか残されていない印なのだと、誰もが察していた。

「さあ――皆、祝ってほしい。これは僕の、新たなる門出だ」

「グラティア……ああ、祝うさ。いつまでも」

「元気でね……ぐらちゃんっ」

 最早、光に埋もれた視界。
 それでもどうにか、歓喜と寂寥の入り混じった……それでいて限りなく清々しい笑顔のグラティアに、あずさとゆいは精一杯応えた。
 拓実も、進一も、ほのかも、それぞれに言葉にならない想いを乗せて、遥かな国の王子様の姿を目に焼き付ける。

「僕は、この上ない幸せ者だ。君達との出会いが、僕をそうさせてくれた」

 共に過ごした仲間達に見送られ、グラティアは心から満ち足りた瞳で皆を見渡し、

「だから僕は、心から精一杯の笑顔で、皆に伝えよう」

 最後に、静かに一度瞳を閉じ、再び瞼を上げると。

 ――直後、光が飽和した。

 あまりの眩しさに誰もが、瞑った目を思わず手で覆う、その明るい闇の中で。

「ありがとう」

 声だけが、確かに響いた。



 やがて光は徐々に薄れ、完全に消え失せた。

 おそるおそる目を開けた部員達が目にしたのは、いつもと変わらぬ部室の風景。 

 ただそこに、グラティアの姿はなかった。



 ~第4章・完~



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せらつ@中の人 2012年12月25日(Tue)16時45分 編集・削除

次回のエピローグで最終回です。

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