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うたいしこと。(49) :第4章-7

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 続き
 


■第4章:最後のありがとう ―― 第7話




    ***


「福楽寿園のみなさんっ、こんにちはっ!」

 ゆいの小気味よい挨拶に、会場の空気が俄かに明るさを増した。

「えっと、ほとんどの人がはじめましてだと思います。ゆい、じゃなかったわたしは、うたいしえあ部の神原ゆいですっ。これからわたし達うたいしえあ部から皆さんへのプレゼントとして、曲を披露したいと思いますっ。楽しんで聴いていただけたら嬉しいですっ!」

 ドジが取り得(?)のゆいだが、観客を前に怯んだり特に噛んだりもせず、むしろいつもより五割増で明朗快活元気っ娘のオーラを放出している。
 思い返せば昔から本番には強いタイプだった。拓実は妙に納得してしまった。


 ――ライブの企画が決まり、翌日あずさから譜面を受け取った拓実達は即日猛練習を開始した。

 だが練習期間はたったの四日。
 それでもどうにか形になったのは、ゆいの歌唱力とパフォーマーとしてのポテンシャル、そしてあずさのピアノの腕前のおかげだった。

 拓実もこれまでの自分からは考えられないほど気合を入れて練習に励んだ。
 端緒こそ強引に引きずり込まれた格好ではあるが、誰かに楽しんでもらうため――明確な目的と目標があるという状況の中、不思議と面倒臭がりの虫はわいてこなかった。

 ……とはいっても、そうそうすぐ劇的に上達するわけでもなし。
 元々経験のあるコードのストロークや簡単なアルペジオ、あとは暗譜が精一杯。細かいリフなどはあずさのキーボードに委ねるしかなかった。
 ちょっと情けなさで凹みそうにもなったが、この際贅沢は言ってられない。

 一方、そのあずさの腕前は大したものだった。
 実際、初めての部内デモンストレーションでリストのマゼッパを鮮やかにフル演奏してみせたほど。
 多少の心得がある、などと言っていた気がするが随分と謙遜したものだ、というのが拓実の感想だった。
 もっともクラシックの曲名なんて知らないが。

(……っと)

 MCを終えたゆいの目配せに、拓実はピックを指に挟み直した。
 複雑な演奏はできないが、拓実のギターにはベースやリズム隊としての役割もある。
 何より、一曲目のイントロは拓実のストロークから始まるのだ。
 失敗はできない。自然と指先が汗ばむ。
 だが、

(あ……)

 何気なしに視線をやった観客席で、じっと見つめてくる花江さんと目が合った。

『失敗しても構わないよ。精一杯、頑張っておくれ』

 先刻の激励が脳裏に蘇り、自分でも気付かぬ内に、

「1,2,3……」

 確かなリズムに乗って、拓実の体は動いていた。
 アンプからメジャーコードが生まれ、即座にあずさのキーボードが軽やかな旋律を紡ぎ出す。
 ゆいは軽快なステップで、イントロに合わせて爛漫笑顔でアホ毛を揺らしている。

 音楽の力場に放り込まれると、もう拓実に緊張を感じる余裕はなかった。
 いや、花江さんの言葉を思い出した時点でそんなものは吹き飛んでいたのか。

 やがてイントロが過ぎ、ゆいの元気一杯な歌声が広間に響き渡る。



 ……今回のセットリストは、全てあずさの選曲だ。
 どれもこれも拓実達の知らないナンバーで、曲調といい歌詞といい、間違いなく今時の高校生が産まれる前のナツメロだった。
 当然あずさにとってもその点同じはずなのだが、

「自分で言うのもなんだが、オバサンくさいだろう?」

 などとのたまいつつ妙に堂々とした笑みを浮かべていた。
 更には今風に明るいアレンジまで施されていて、

「いったいどんだけ守備範囲広いんですか……」

 というのが拓実の正直な感想だった。



「皆さーん、ほんっとーにっ、ありがとうございましたーっ!」

 最後の曲が終わり、額に汗を浮かべたゆいが爽快顔でお辞儀すると、会場からは大喝采が起こった。
 ゆっ、いっ、ちゃーんっ、などと興奮したお爺さんの熱烈な声援も飛んでいる。

「うーむ、神原はスター性があるな」

 同じく満足げに微笑むあずさが、誰ともなしに呟いた。
 歓声の中それを聞いた拓実も、正直同じ思いだった。
 幼馴染みとしての慣れを差し引いても、明らかに本番中のゆいは、練習よりずっと輝いていた。
 そうしてゆいに視線をやった拍子、視界の隅に花江さんが映った。

「あ……」

 その姿に、この時の拓実は何故か、言葉を失った。
 しわしわの顔にほんの少しの涙と、えもいわれぬ暖かい笑みを浮かべた花江さんは、力の入らない手で、それでも惜しみない拍手を送っていた。



    ***


 ライブは大成功の内に幕を閉じた。

 ステージを終えた拓実達は、しばらく多くの入所者に囲まれてもてはやされた後、高遠さんが差し入れてくれたジュースで火照った心身をクールダウンさせていた。

「拓郎、ゆいさん。いいものを聞かせてもらいましたわ。ほんとうにありがとう」

 混雑の引いた広間で、花江さんがいい仕事をしてくれた仮想孫達を労い微笑みかけた。
 ちなみにライブ直後、近くに居た人々に『あれがうちの孫とその嫁なのよ』と自慢げに言いふらしていた。
 拓実としては心底恥ずかしかったが、あまりに嬉しそうだったので止めるわけにもいかず。

「いえ、そんな……」

「ううん、おばあちゃんもありがとうっ。こうして見に来てくれて」

 面映さに口篭った拓実とは逆に、相変わらずゆいは心からの弾けるような笑みを返した。

「うむ……それでですね、花江さん」

 横合いから唐突にあずさが口を挟んだ。
 そして何の前触れもなく、何食わぬ顔で。


「この二人の結婚式は一週間後なのですよ」


「ぶっ!」

「ちょ、たっくんきたないよっ!」

 突然の爆弾発言に、拓実は思わず飲みかけのジュースを吹いた。



 ...To be Continued...

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