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■第4章:最後のありがとう ―― 第6話
業を煮やしたゆいが元気良く断言した。
台詞を奪われた拓実はしばらく所在なさげに口をぱくぱく、あうあう……。
「おお……これはこれは、元気のいい娘さんねえ。そう……ゆいさんか。拓郎がお世話になっているでしょう」
「いえいえっ、たっくんにはいつもいっぱい助けてもらってますっ。ゆいもおばあちゃ……じゃなかった花江さんに会えてすっごく嬉しいですっ」
この、制服姿のままの狂言をまるで疑いもしていないのだろうか。
一切飾り気のない花江さんの笑顔にほだされて、ゆいも自然と満面の笑みを返していた。
「そんな、花江さんだなんて他人行儀はよしておくれ。拓郎のお嫁さんなら私の孫と同じ……おばあちゃんと呼んでくれて構わないんだよ?」
「あ……はいっ。それじゃ花江さんは今日からゆいのおばあちゃんですねっ」
演じているはずのゆいにも、まるで違和感というか、わざとらしさがない。
思いがけず祖母と呼べる存在ができたことが素で嬉しいのだろう、と拓実は察した。
「えっと……それで、この後広間でゆいとたっくんと部長でコンサートをするんですけど」
と、計画の第一段階が成功したのを見計らって、次なるステップへと進行。
「おばあちゃん、よかったら見に来てくれませんか?」
それを聴いた途端、花江さんの表情がこれまで以上に緩んだ。
***
広間兼食堂では、うたいしえあ部歌謡ショーを心待ちにする入所者の面々が集まりつつあった。
そんな人達の待ち時間に、ほのかはスケッチブック片手に似顔絵を描きながら白髭のお爺さんと談笑している。進一はライブ機材のセッティング中だ。
ふと、片隅でざわめきが起こった。
あずさが押す車椅子で、花江さんが広間に現われたのだ。
今までまずこのような場所に顔を出さなかった人物の意外な登場で、広間は軽い驚きと明らかな歓迎の気配に彩られた。
つくづく、このホームは雰囲気がいい。
「皆さん表立っては言いませんけど、彼女の境遇を知っていますから」
後について歩く拓実とゆいに、高遠さんが小声で感慨深そうに耳打ちした。
「部長、ステージのセッティング、終わりました」
「うむ、ご苦労だった藤原、ありがとう」
進一が報告にやってきた。広間の奥に目をやれば、スタンドマイクやキーボード、アンプなどが既にスタンバイ状態。拓実のギターもある。
ステージといっても呼び名ほど豪華なわけではない。
そもそもこの広間は食堂としての利用がメインであり、またバリアフリーの観点からか、劇場や体育館などのように舞台と客席が段差で区切られたりはしていない。完全にフラットスペースだ。
「おばあちゃんっ、どこで見ます? やっぱり一番前がいいですかっ?」
とはいえ、これから自分が立つステージに違いはない。
目の当たりにして、ゆいの顔には「テンションが上がってきたーっ」と書かれている。
花江さんの前にまわって屈みこむと、顔を覗き込みながら少々興奮混じりの口調でお伺い。
「そうね……せっかくですから、ゆいさんのお言葉に甘えましょう」
「りょーかいですっ! それでは特等席へごあんなーい」
ゆいの大仰な先導で、あずさが微笑みながら車椅子を最前列まで移動させ、拓実も苦笑しつつ後に続いた。
期待の新入部員二名と美貌の部長、更に珍しい入所仲間の登場とあって、場の面々の視線は嫌でも集まる。
今更ながら緊張を覚えつつギターへと近付こうとした拓実だったが、
「拓郎や」
車椅子の前で、花江さんにふと声を掛けられた。
「失敗しても構わないよ。精一杯、頑張っておくれ」
「……はい、おばあちゃん」
穏やかに、しかし心からの嬉しさが滲む笑みで励まされ、拓実は自然と微笑み返していた。
...To be Continued...
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