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「■喜■憂」:■に入る漢字を答えよ

 一喜一憂、プラマイゼロ。

 これじゃ無限の喜びには程遠く。尚遠く。


 山のあな、あな、あな(ry






 閑話休題。



 じゃあ、

 一喜一憂を手放して、一喜一憂しなくなると、どうなりますか?


 零喜零憂?

 それって単なる無感動、無感情、無味乾燥?

 それじゃやっぱりプラマイゼロじゃない?


 普通はそう考えるわけで。

 これまで世間は、みんなにそう教え込んできたわけで。

 だから誰もが敬遠するんだよね。



 でも、それは実は上っ面だけの誤解、フェイクで。



 面白いことにね。

 一旦まっさらの、本当の零喜零憂にたどり着いた時から、

 その後は、零喜零憂にいる間中、

 喜だけが勝手に、一つずつ増えていくようになるんだ。



 零喜零憂が一喜零憂になり、二喜零憂になり、

 気がつくと、百喜零憂になっているんだ。



 面白い法則なんだよね。

 どうしてそうなるのか、

 なぜそんな法則が実際に成り立っているのか、

 その原理は理屈じゃよくわからない。

 でも、そんな不可思議な原理を、

 ある人は「無為」って名づけたんだ。



 だからね、気をつけたほうがいいよ。

 一喜一憂しか知らない人は、

 百喜零憂してる人、無為の人を見ても、

 愚か者だと思って軽んじたり、

 そんなのありえないって疑って否定しちゃったりすることがあるから。


 まあ、仕方ないといえば仕方ないけれども。

 だって、無為を心得た人は、懐があまりにも大きすぎて、

 傍目にバカなんだか利口なんだか、よくわからないものだからね。


 宇宙空間の具体的な広さなんて、誰にも実感できないのと同じでね。

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コメント一覧

ponsun URL 2011年10月16日(Sun)06時23分 編集・削除

百喜零憂

無為自然、ですね

そのまま ありのまま あるがまま


圓歌さんの軽妙な語り口

懐かしいですね


ありがとうございます

せらつ@中の人 2011年10月17日(Mon)20時31分 編集・削除

>ponsunさん
 ちなみにたわしは圓歌さんリアルタイムで知りません(ぇー
 以前の記事で敦さんやあまがっぱたんが話題にして、それで調べたのが最初ですねー。

 笑いはいつの時代も、笑いです(何

 ありがとうございます~^^

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