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うたいしこと。(9) :第2章-2

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 続き
 



■第2章:新入部員初任務 ――第2話


 拓実も正直、腑に落ちない部分がある。 

「おそらく君達が困惑しているのは、二と四と五あたりだろう?」

「あ、えと、はい……」

 あずさの指摘に、ゆいは豆鉄砲を食らった鳩ポッポ顔をして応えた。拓実もつられて首肯。

「ふふ。まあ、一から順を追って説明していくから、焦らず耳を傾けてくれるとありがたい」

 そんな様子にあずさは柔らかく微笑み、どこからともなく伸縮式の指示棒を取り出した。
 流れる動作でそれを伸ばして、先端をカチッと黒板に指し当てる。

「では、まず一だ。まあ、これは言葉としては説明しなくても良いとは思うが」

『労力を惜しまない』という文言に改めて視線を滑らせ、拓実は五ミリほど身を退いた。
 原則面倒臭がり屋な彼にとっては、ある意味これが一番の重責だ。

「労力、つまり目的を達成する為に費やす力だ。ペース配分が必要な時ももちろんあるが、しかしこれを惜しんで得られる結果はやはり惜しいものでしかない。一見どんなに面倒臭そうで非効率な事であっても、挑む事自体に躊躇するようではこの部の活動目的は果たせんぞ」

 あずさの言葉にちょっとだけげんなりする拓実の横で、ゆいはふんふんとしきりに頷いている。
 どうでもいいが少し鼻息が荒かった。早速なにやら没入しているらしい。

「念の為に言っておくが、何もこれは常に必死で全力を出せという意味ではないぞ。それでは早晩潰れてしまう。必死とは必ず死ぬという事だからな。適当というと聞こえは悪いかもしれんが、要は自分にできる適度な範囲で、というニュアンスだ。まあ肩肘張らず、判断に困る事があれば私やほのか、藤原に相談するといい」

 言葉を切るや、拓実はあずさに力強い微笑みを向けられた。
 どうやら気後れしたのを見透かされていたらしい、と直感して恥ずかしくなる。


「次、二だ。一を否定するような誤解のないように言っておくが、これは挑戦するなということではない」

『できない事はしない』という表現に、『なら何もせず諦めればいいのか』という反問を抱いたのは、拓実もゆいも同じ。
 だが、あずさのフォローはそれをあっさり否定した。

「例えばだ。目の前に重病に命を蝕まれ、非常に苦しんでいる人がいたとしよう。陣内、君ならその人にどうしてあげたいと思う?」

「え? えっと……そりゃまあ、助けてあげたいです」

「うむ、そこまではよし。だが、どうすればその人を助けられると思う?」

「そ、それは……」

 突っ込まれて拓実は返答に詰まった。
 ゆいも唇は動かすが、やはり言葉が出ない。
 どう答えればいいのか見当もつかない新入生二人に、あずさは神妙な顔で人差し指を立てると、

「彼を確実に助ける条件はまず一つしかない。それは言わずもがな、病気を治すことだ」

 明快にそう口にした。
 しかしそれは拓実達だって解っている。
 そのためにどうすればいいかが出てこない二人は、曖昧に頷いて続く言葉を待つ。

「だが、我々は医者ではない。重病を効果的に癒す技術など持たない。彼の治癒には薬や手術なども必要だ。だからといって我々が処方箋を書き、彼にメスを入れるわけにはいかん。それは解るな」

「はい……」

「できない事をするな、というのはそういう事だ。ここには複数のメッセージが潜んでいる」

 力なく返事した拓実にあずさは背を向けると、チョークを取って板書を始めた。
 そこに踊った文言は、

『自分にできる事を把握する』

 というものだった。

 書き終えて向き直り、あずさはそれをチョークで指した。

「まず一つ。できない事をしないためには、何ができないのかを知らなければならない。それは裏を返せば自分に何ができるかを知るという事だ。考えてみるといい。我々は彼の病気を治せない。だが、彼の病気を治しうる医者を探すことならできる。違うか?」

「あっ……はい」

「うむ、理解したな。そしてもう一つのメッセージがそこだ」

 二人の新入生が見せた反応に、あずさは微笑んで頷き、再度黒板に、

『我々は一人ではない』

 と鮮やかな筆致で書き記した。

 そこでやっと拓実は気付いた。
 それが六訓の筆跡とよく似ていると。

「つまり、誰かができない事は、その技術技能を持った他の誰かが補う。人間の社会とはそうやって成り立っている。自分の手に負えないものを一人で抱え込もうとするな。助けを求めろ。腕と心のある者は必ず応えてくれる」

 そんな拓実のささやかな発見など構わず、あずさは言葉を続ける。
 その端々には昨日のように熱さが篭りはじめていた。少々熱弁癖があるのかもしれない。

「その時君達が豊富な人脈を持っていれば、その分だけ彼を助けられる可能性は上がる。その人脈が以前君達が手助けした相手から成り、君達に恩を感じているなら尚更な。情けは人のためならずということわざは、そういう事だ」

「あ、その言葉なら聞いた事ありますっ」

 不意にゆいが喜色ばんだ声を上げた。
 しかし拓実は怪訝に思って、つい口に出す。

「ん? 情けは人のためならずって、情けは人のためにならないってことじゃないのか?」

「ちっがうよたっくん! 人にかけた情けは巡り巡って自分のためになるって意味だよっ!」

「え、そうなのか?」 

「うむ、神原が正解だ。誤解している者が多いと時々ニュースで目にするが、実例を目の当たりにしたのは私もこれがはじめてだ」

 そう言ってあずさは呵呵と笑った。ゆいはゆいで得意満面で胸を張っている。
 恥ずかしさと敗北感とで顔をしかめた拓実だったが、あずさはふっと優しい笑みを浮かべ、

「まあ、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言う。社会に出る前に、今ここで気付けた事を幸いと思えばいい。陣内、少なくとも私は、その程度で君の事を愚か者などとは思わない」

 そう言われては拓実も渋面を解かざるをえない。
 実際、そのフォローだけで心中の煩悶は随分と軽くなっていた。
 代わりに、何故か今度はゆいがちょっとだけ渋い顔をしたが。

「少し話がそれたが、脱線ついでだ。もう一つ、別の方法論について話そう」

 と。
 気を取り直して、とでも言わんばかりに言葉を繋げたあずさが、拓実とゆいの目を、まっすぐ交互に見据えた。



 ...To be Continued...

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コメント一覧

ponsun URL 2011年11月11日(Fri)08時12分 編集・削除

適当

情けは人のためならず


なるほど…
私もうまく諭されてしまったようです(嬉笑)


ありがとうございます

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