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■第4章:最後のありがとう ―― 第18話
「え……?」
それが誰の漏らした声だったのか、本人にさえ判らなかった。
それほどまでに……あずさの告げた一言で、部室は一瞬、呆然と時を止めた。
「……嘘、ですよね?」
最初に時を動かしたのは、拓実。
「俺達をからかってるんですよね、部長? あの、ケーキの時みたいに……」
たちの悪い冗談を皮肉るかのように、しかしどこか引きつった笑みを浮かべながらあずさを問い詰めた。
しかしあずさは首を縦にも横にも振ろうとはせず、ただ、拓実を色のない瞳で見つめて。
「……実は君達が余計な気負いをせぬよう黙ってたがな、花江さんは元々、余命幾許もなかったそうだ」
その口調は、ともすれば冷酷なまでに淡々としていて。
「医者に入院も勧められていたそうだが、お孫さんを待つからと、ずっと拒んでいたらしい」
「……そんな、そんなの……ひどいよ……」
二の句の継げなくなった拓実の代わりに、嗚咽混じりのような呟きを漏らしたのは、ゆい。
「ひどいよ、ひどいです部長っ! もしそうだって知ってたらゆいは……ゆいはっ!」
想いをとても抑えられず、あずさに詰め寄り、睨みつけるように食って掛かった。
だが、あずさは動じなかった。
深い深い、とこしえの闇のように深く静かな気配をたたえた瞳でゆいの視線を吸い込み、
「気持ちはわからなくもない。だが知っていたとして、君はあの時のように花江さんと自然に向き合うことができたか?」
「そ、それは……」
ゆいは一歩、もう一歩、おぼつかない足取りで後ずさり、それ以上答えられなかった。
言葉だけではない。
ゆいはあずさの瞳に、自分の抱くやりどころのない哀しみとやるせなさなどとうに超越した――未知の認識とでもいうべきものによって、あずさが自身の感情をただ凛と制御しているのを悟ったのだ。少なくとも、拓実にはそう見えた。
決して冷酷なのではない。年長者としての矜持もあるだろうが、何より、動かすことの叶わぬ現実をありのまま受け止め、それでも前を向こうとするあずさの意志の表れだった。
だがそれでも、ゆいがただちに全てを納得できるわけではない。
「でも……でもぉ……」
なおも小さくかぶりを振り、怯えたように瞳をゆらめかせ、唇はわなわなと小さく震え……抑えきれない自身の感情にゆいはしばし翻弄され、
「ゆい……」
その肩へ、拓実は後ろからそっと、手を乗せた。
あずさがよく、そうしていたように。
ゆっくりと振り向いたゆいは、それでとうとう涙を堪えきれなくなった。
「たっくん……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
拓実の胸にしがみつき、力の限り泣き叫んだ。
ただ慈しむように受け止めて、拓実はあずさへと顔を向けた。
「……部長。せめて、最後に花江さんに会いたいんですけど……」
慟哭するゆいを目の当たりにしたことで、逆にある種の冷静さを取り戻していた。受け入れた、とも言えた。
嘘なら嘘で、それでいい。
だが、事実ならそうしたいという、素直な願い。
「ああ。私もこれからそのつもりだった。陣内、神原、ついて来るか?」
あずさにしては珍しく野暮な事を聞く、と拓実は思った。
拒否など、するはずもない。
...To be Continued...
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