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■第4章:最後のありがとう ―― 第21話
「りんね……?」
「生まれ変わりとも言うな。別に君達にそれを信じろとかいうわけではない。単に私はそう思っているというだけだ」
まだ少し茫然と聞き返したゆいに、あずさは柔らかい笑みのまま軽く頷いた。
「信じているという人の間でも様々な説があるがな、私が今一番好きな説はこうだ」
そして一旦言葉を切り、一呼吸置く。何かに思いを馳せるように窓の外を見つめ、
「まず魂がある。その魂は初め、石や鉱物としてこの世に降り立つ。次に植物、動物、雲、そして人間と、魂のレベルが上がるに伴い転生する存在をより行動力の高いものへと変えてゆく」
ゆったりと、あずさは安寧にその身を委ねたかのような気配を湛えながら語り始めた。
その視線の先、窓の向こうの空には、夕映えする積雲がひとつ。
「だから、ただ生まれ変わればいいというものではない。それぞれの命の中で魂は経験を積み、成長し、何十万、何百万回という途方もない転生の中で徐々にその入れ物の種類を乗り換えることを許されていく、というものだ」
穏やかに流れる雲を見送って、あずさは再び拓実達へと視線を戻した。
「体という単語はな、『空魂(からだま)』、つまり空の器から来ているとも言われる。要するに、体は魂の入れ物。今この世に存在している我々は、魂が人間というレンタカーに乗って、あるいは貸衣装を着ることで、人間として活動しているにすぎない、という意味だ」
その言葉に拓実は、あずさの心、もとい彼女が主張するところの魂が、今自分達の居るこの次元とは別のどこかから直接語りかけてきているような、そんな奇妙な錯覚をおぼえた。
「また釈迦は『対面同席五百生』と言ったそうだ。この世に人間として産まれ、何らかの形で出会った者同士は、過去の転生の中で最低でも五百回は同じ時間を共有した事がある相手だとな。つまり我々にとって『はじめまして』の相手でも、本当は『お久しぶりです』なのだと」
「じゃあ……ゆいと、おばあちゃんも……?」
ゆいにも何か思うところがあったのか、花江さんを再度見やりつつ小声で呟いた。
「うむ……一期一会という言葉があるな。確かにその一個の命の範囲内であれば、もう二度と会えないという事はままあるだろう。だが、自分を魂という存在で見たとき、一期一会は一期一会でなくなる。なにせ五百回以上も出会っているのだ。これから先に迎えるであろう命で出会えない方がおかしいのではないか、とさえ言えるな」
かといって今生の出会いをないがしろにしても良いという事ではないぞ、と注釈を入れつつ、あずさは同じくベッドへと向き直る。
「花江さんも、子、そして孫、繋がった命と紛れもなく何らかの縁があって出会えたのだろう。きっと次の生まれ変わりでも、どんなに形を変えても、その縁自体は途切れる事なく、出会いを果たすと私は信じている。そうだな……もしかしたら今度は、拓郎さんの生まれ変わりの子として花江さんの生まれ変わりが産まれるかもしれん。あるいはもし君達が本当に結婚して子供ができたら、その子が花江さんの生まれ変わりかもしれん。そう考えると何だか面白く思えてこないか? ……真実かどうか、などはどうだっていい。わくわくしてくるから、ただそれだけの理由で、私はこの説を抱いている」
「……そう、ですね」
ゆっくりと頷きながら、拓実も横たわる仮初めの祖母へと顔を戻した。
いつかまた、生まれ変わって、また出会う。
ゆいはもちろん、拓実にとってもそれは何となくロマンのある響きだった。
「命はな、繋がっているんだ。去っていった命も、これから出会う命も、全て私達と繋がっている。巡り巡って、出会うべき時に出会う」
そしてあずさは後輩達の背後へ歩み寄り、二人の肩にそっと手を置いた。
「花江さんは、きっと私達に見えない何かを残していった。花江さんも、きっと私達から何かを受け取っていったと、私は思いたい」
それが何なのか、今の拓実にはわからない。
しかしそれでも、拓実はその『見えない何か』の存在を、胸の内に実感していた。
「だからな、泣くなとは言わん。笑顔で……送り出すんだ。感謝とともに、な。人は、悲しみを遺すためだけに死んでゆくのではないのだから」
「……ゆいは……ゆいはもう、大丈夫です」
ふと。柔らかな声に諭されて。
ゆいは言いながら、自分の胸にゆっくりと手を当てた。
「だって、おばあちゃんはゆいのこと、元気だって笑ってほめてくれたもん……」
「でもお前、そんな無理しなくても……」
少しだけ涙色の滲む声で、しかし異様なほど穏やかな調子で語るゆいを、拓実はどこか危うげに感じて見やった。
だが、それは杞憂だった。
「無理じゃないよ。カラ元気だって元気だもん……だからゆいは、もう、平気だよ……」
瞳に涙を浮かべたゆいの横顔は、カラ元気とは称しながら、それでも本当に……本当に自然な、安らぎに満ちた仄かな笑みに彩られていて。
拓実はもう、それ以上何も言えなかった。
「だからね……ありがとう、おばあちゃん」
...To be Continued...
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