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備忘のための考察

 突然ですが、私には記憶力がありません。

 いやもちろんありますが低いです。
 ある種の知能テストでは、理解力・論理的考察力・判断力などの項目に混じって、記憶力の結果の棒グラフだけが全国平均よりもマイナス方向に限界突破しちゃうほどです。いやマジで。

 確かに、昨日の献立を思い出せないから連日同じメニューになっちゃったとか、今日の仕事内容を思い出せないから業務日報はおとぎ話とゴマカシだらけなんてことはいつものことです(ぇー
 けど反面、ふとしたきっかけで一月以上前の些細な出来事を思い出したりすることも、これまたよくあったりするのです。
 これはいったいどういうことかと。

続き


 記憶は憶えるだけでは記憶たりえません。
 思い出すことが出来てこそ、初めて記憶と呼べます。
 入力と出力でワンセット、記憶力とは憶える力と思い出す力を合わせたもの。
 定義上、記憶とは記銘・保持・想起・忘却の4つの過程に分類されますが、つまり私の場合は、この想起が弱いということでしょうか。

 そんな私がここ最近いくつかの試験の類に落ちずにすんでいるのはある意味奇跡ですが、理由は一応あります。

 それは「想起は関連付けによって強化される」という特徴にあります。

 たとえばある参考書のページ。
 普通憶えようと思うと、目で読んで文章を認識して内容を理解して憶えるのが基本です。
 それに加えて、文章を読み上げ、ノートに書き取り、同じ情報に対して複数の動作を行うことで記憶を補強します。

 しかしそこで終わりではありません。
 そこから更に、文章ではなく視界で捉えた机上の画像そのものを記憶し、参考書に触れる指の形を記憶し、フレーズを短略化する場合にはその過程と元の輪郭をイメージで捉えて焼き付ける。
 音読ひとつとっても、耳で聞いた発音、唇歯の動き、呼吸、憶えられる要素は複数。
 ついでにノートの横に置いたアイスコーヒーの氷の融け具合まで。
 そんな、中には一見余分とさえ思えるものまで、とりまく環境の中に置かれた、たったひとつの想起されるべき情報にリンクするために憶えます。

 これが、私の記憶法。
 もちろん誰にでも合うはずがないですし、むしろかなり電波っぽい感じもしますが、別に1から100まで完璧に憶えるってわけじゃなく、むしろおぼろげでもいいんです。
 しかしそのおぼろげな情報がいくつも集まれば集まるほど、それらが指し示す「記憶」は特定しやすくなる、という理屈です。

 さてさて、問題はこれを常日頃集中しなくてもできるようになれるかってことなんですよね。
 試験勉強のように、記憶するための時間が充分にある状況ならともかく、慌しい日常の中で捉えきれる情報量は限られてますし。
 きっとそこで大事なのは、情報の取捨選択なんでしょうね。
 さっきの方法も、まだまだ改善の余地ありってことでしょう。

 さて、今日の夕飯何食べたっけか……。

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