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やめたら終わり

人間は 負けたら終わり ではなく、 やめたら終わり なんだね



 「老いる」ということは、

 経年で肉体が衰えることだと思っている人がほとんどの気がします。


 が、実はそうではないと思うのです。


『「自分」とは、

 毎瞬毎瞬、新しく生まれ変わり続けている存在であり、
 
 常に学び成長できる能力を有する存在であり、

 ゆえに、最期まで学習し、挑戦し、進化し続けるし、

 その姿勢と行動とを、続けていく』


 ということを忘れ、あるいは気づかずに、

 放棄し、やめてしまうこと、

 つまり変化を拒絶してしまうことを指すのではないでしょうか。



 諸行無常。

 つまり変化とは絶対に避けられないものなのに、

 嫌だ嫌だと抗って、変化を避けようとする。

 その矛盾、コンフリクトこそが、

 老いというものの正体なんじゃないしょうか。




 老も若も、本当はないわけで。

 齢百歳の若者がいたって良いわけで。

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コメント一覧

ponsun URL 2011年11月07日(Mon)05時20分 編集・削除

人間はやめたら終わり

そうなのでしょう。
逆に言うと、やめなければ、人間でいられる
ということですね

毎瞬毎瞬、新しく生まれ変わり続けている自分を
そのまま、味わい楽しむことでしょうか
道楽、ゲームのように…

ありがとうございます

パン田 2011年11月07日(Mon)10時11分 編集・削除

うーーん。やめても終わんないと思う。

やめてもいいしやめなくてもいいし。
気が向いたらまた始めればいいんじゃない?

人間をやめたらそりゃ終わると思うけど。

記事の論旨とずれてる? かな??

あまがっぱ 2011年11月09日(Wed)08時22分 編集・削除

あえて、やめたくなることもある…
なぜやめられないんだぁ!もある…
もう、どうにもとまらないっ!…byリンダ

せらつ@中の人 URL 2011年11月11日(Fri)06時10分 編集・削除

 いやぁ、こういうシンプルな標語モノって、
 いろんな見方が出来て(出てきて)面白いものですわぁ( ̄∇ ̄*)
 みなさまありがとうございますですm(_ _)m


 せっかくなので、たわし的に少し角度を変えて見てみると、
 変化する諸行無常にゆだねるのもあるがままだし、
 極力変化を抑えて留めようと努力する(例えば老舗の味だとか)のもあるがままだし、
 だけど、
「私にはもう変化成長する力はないんです」と決め付けてしまうのは、
 ここでいう終わりであり、別の言い方だと傲慢ということになるんじゃないかなーと。
(傲慢については過去記事にも書いたんで、URL欄参照で)


 ま、やめるにしてもやめないにしても、
 たわしらが人間であることに変わりはないし、
 同じく人間ではないことにも変わりはないですしw

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