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■第3章:ちょっとだけファンタジー ―― 第4話
ぽかーん。
という擬音が部室に満ち満ちた。
「あのソースの香り、麺のコシ、ジューシーな豚肉、シャキシャキ野菜、アクセントの紅しょうが……そしてその全てを優しく、それでいてしっかりと包み込むもちもちと柔らかなパン……そんな豪快でありながら繊細な味と食感のハーモニー、芸術的な一大ページェントに一息でかぶりつくあの快感は、自分にとって何物にも代えられない喜びっス!」
そんな空気など意にも介さず、想いを爆発させた三宅は熱く、熱く語る。
「そう、初めて出会ったのは忘れもしない、小学校の頃だったっス。偶然出遭った移動販売車で何気なく買ったのがやきそばパンだったっス。その味に魅せられた自分はそれからもあちこちの店でやきそばパンを見つけては買い漁り食べ回り、それはもうやきそばパンの味を判定することについては校内一、いや県内一という自信があるっス!」
「そ、そうか……それはすごいな」
さすがのあずさも微妙に唖然としている。
「弓削先輩……先輩のクラスのひとって、とってもヘンタ……じゃなかった個性的ですね……」
「あ、あはは……」
ゆいがほのかにちょこちょこと寄っていって、小声で耳打ち。
が、拓実にはしっかり聞こえていた。お前も充分個性的じゃねーか、とツッコもうとしたが、後が色々面倒そうなので思い止まった。
「……で、肝心の問題とは、何かな?」
「あ、そうっスそうだったっス。そうやって至高のやきそばパンを探し続けて、自分はついに今までで最高のやきそばパンを見つけたっス」
気を取り直したあずさに促され、三宅はハタと軌道修正。熱くなると周りが見えなくなるタイプらしい。
「それはなんと、この学校の購買で売ってるやきそばパンだったっス!」
「ほう、身近にそんなに美味しいものがあったのか」
「そうっス! あの美味さは四の五の語るより実際に食べるのが一番っス!」
まさに聞き上手。言葉と表情で相手の話に関心を寄せてみせたあずさに、味を脳内でリフレインしているのか、至福そうな顔の三宅。
が、
「……と、言いたいところっスけど」
その表情はすぐに沈んでしまった。
「あのやきそばパン……購買のおばちゃんの話によると、あれは工場でも職人さんがこだわって作ってる一品らしくって、ここ以外のいろんな卸し先でも大人気らしいっス。でもそのおかげで数が少なくて、購買に入ってくるのもいつもちょっとだけっス。恥ずかしながら自分、こんなナリっスから、走るのは苦手っス。昼になると大抵先を越されて、滅多にありつけないっス」
そう言って三宅は軽く自笑すると、哀願するような目であずさを見つめた。
「去年から仕入れを増やしてくれ、って何度も購買のおばちゃんに頼んでるっスけど、そういうわけで一向に増える気配もなくて、やっぱりすぐ売り切れるっス。それで自分、もうずっと悶々としてしまってるっス」
「ふむ……」
その視線をあずさは真顔で受け止めると、指先を自分の口元に当ててしばし考え込み、
「少し整理しよう。要するに、君の希望は購買のやきそばパンを入手したい、と」
「そうっス」
「それは見方を変えれば、その購買のやきそばパンでなければダメという事かな? それともとにかく美味しいやきそばパンなら何でもいいという事か?」
「自分、とにかく美味いやきそばパンにありつければそれでいいっス! でも今のところ、あの購買のやきそばパン以上に美味いのを売ってるところを自分は知らないっス! 何とかならないっスか!?」
傍から見れば非常にくだらない依頼、というか悩みだが、しかしあずさは一切嫌そうな顔も面倒臭そうな素振りも見せない。どこまでも真摯に、眼前の人の心と向き合おうとしている。
『私は、何事にも感謝し続ける。そして、私自身の成長をありがたく享受する』
先日のあずさの言葉が、不意に拓実の脳裏をよぎった。
ありがとうを集め、成長するのがこの部でのあずさの目的。
その目的があるからこそ、一見このどうでもいい話にも、誠実に耳を傾けることができるんだな、と拓実はふと気付いた。
とはいえ、いくらなんでもこの問題、どうやって解決すればいいのか見当もつかない。さすがのあずさも今回は……、
「ふむ……よし、仔細了解した。この依頼、請け負わせてもらおう」
「ちょ、部長っ!?」
断るだろうと予想していた拓実は心底驚いた。
...To be Continued...
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ponsun URL 2011年12月03日(Sat)09時17分 編集・削除
やきそばパン
よくお世話になりました
あの組み合わせは、なんて素晴らしいのでしょうか
チープなるも絶品だと思います(嬉笑)
ありがとうございます