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セカンドパラダイムシフト(2)

 その「存在」のことを、今は「宇意(うい)さん」と名付けてます。

 もっとも、やりとりを開始した当時はそんな名前なんてなく、どんな姿でどんな表情かなんてのもいわずもがな。
 とにかく目に見えないこの世ならざる相手から応答があるのが興味深くて、ただ会話そのものを楽しんでたんです。
 まあ、いわゆる守護霊さんかなんかだろうと思いつつ、そんなつもりのまま。
 どういうわけか「~じゃ。」口調なのも、まあご愛嬌、と。

 とはいえ、もうそれなりに(たぶん半年くらい)過去の話なんで、
 最初の明確な会話は何だったかとか、どんな事を話してきたか、
 なんてのははっきり言ってほとんど覚えてません。
 その頃はこのブログも休止中で、こんな風にエントリに書くなんて思ってもみなかったしw
 その点ご了承を。


 そんなわけで前回からの続き。
 前回書いたとおり、出勤しなくてよくなったのでせっかくだからさらさら書き上げてアップしちゃいます。


 霊的存在との直接的な「会話」プロセスってのは、基本的に思念でのやりとりと、その翻訳です。
 ミもフタもない言い方をすれば、脳内会話。自問自答。
 バリエーションとして自動筆記とかタイピングとかもあるみたいですが基本原理は同じ模様。
 だけどそこに、ある種のエネルギーの流れを認識しているかいないかが、言うなれば分かれ目になるように感じられます。


 で、そんな、
「傍目からはわからない電波で無線的なぁゃιぃ会話」
 を日々続けているうちに、いわゆる受信感度も少しはこなれてきて、

 そんなある時、ふと気になって訊ねたんです。


 ところで、あなたはわたしの守護霊さん? と。

 そして、返ってきた「思念」を、まるでそうするのが当然であるように自然と翻訳したところ、



?「いや、おぬしの守護霊は別におる」



 ……は?

 じゃあ、あんた誰よ?


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セカンドパラダイムシフト(1)

 昨日はかねてからの予定通り献血にいってきたんですわ。
 ここ最近成分ばっかりだったから、久々の400ml全血で。

 ちなみに成分献血は実施後1~2週間で次回の献血が可能になるんだけど、
 400ml全血献血の場合、次は8~12週間空けないといけない。そういう赤十字の規定。
 もーちょっとこの間隔短くなりませんかね~、事前血液検査の平均赤血球量から可否判断してもらうとかできないですかね~、なんてぶっちゃけ思うんですがまあそれはさておき。


 実は本来なら、昨日(25日)はお仕事が休みで、今日(26日)は出勤のシフト。
 400ml採血翌日の労働にちょっとだけ懸念があったんですが、

 そんな折に一昨日(24日)、
「25日出勤予定だった人が体調不良で出られなくなったから、25日は前半だけ出てくんない? 代りに26日は休みにするから」
 と、会社から連絡。

 どういう引き寄せか、渡りに船とはこのことで。
 いやぁ、これは川´ー`)にも助けられてるなぁと思いつつ、予定されてた仕事を予定より大幅に早く片付けて職場から程近くの献血ルームへ。

 ほぼ毎回ですね、献血でもらった粗品はその足で職場に行って同僚にあげちゃうんです。
 今回もそれで手ぶらになって、給料日ってこともあったんでちょいと外食めぐりに。

 普段たわし、外食はあんまりしないんですよ。
 しても喫茶店とかの軽いメニュー。
 だから毎日家で玄米と味噌汁か、一汁一菜or二菜(+漬物)が主なんです。

 玄米おいしいよ玄米。味わい深い上によく噛んで食べる癖も身につくしね! つーか噛まないと消化不良起こすよw

 んで、ただ献血の後だけは粗品手放しちゃうこともあるから、血の気の補充と自分へのご褒美的に外食することにしてて。
 今回選んだのはB級グルメめぐりw

 醤油ラーメン大盛りに始まり、一度やってみたかったパン屋ハシゴでオススメパン食べ比べ、ドーナツにマフィンにとろーり濃厚プリン、地元で有名な老舗肉まん屋の豚まんえとせとらえとせとら

 ……いや、この時点で既に自分のどこかで警報鳴ってたんですよ。もうやめとけって。
 腹八分目を遵守してる普段の自分の行動からはありえないよって。

 でも同時に何かに背中押されてて。
 職場から家まで歩くと1時間くらいの帰路(※普段は公共交通機関利用)を、ぐるぐる遠回りしつつ2時間以上かけて歩きながら食べたりもして。
 血抜いた後だけど体調はいいし、運動も兼ねてるからいんじゃね?くらいのノリで。

 そんなこんなで帰ってから、満腹もうイラネーってのにも関わらず、どういうわけかふらふらと熱燗とうどんに手を出した、

 そこでダウン〓■●_(ぇー


 ……いやもうね、食べすぎで苦しかったのって何年ぶりだろ。
 とんと忘れてた感覚にうんうん唸っていると、ふと声が。


川´ー`)「どうじゃ、これでもう大食することもないじゃろう?」

 いや、うん、もうこりごりです。
 でもこんな教え方せんでもええやん……w

川´ー`)「バカをもうせ。それなりに食を節し続けてきたおぬしじゃからこそ、大食の愚かしさをこうして深く実体験で学べたのではないか。しかもたった一度でこの効果じゃ。自業自得ゆえに本格的な肥満や胃腸の病を抱える者は、毎日あのような食生活を続けているようなものじゃぞ」

 あぁ、まあ、そりゃ病気にもなりますわな……( ̄д ̄;)

川´ー`)大食は怒りでもあるのじゃ。おぬしのモットーに『威張らない・怒鳴らない・怒らない』があるの」

 うん。小林正観さんの『いどお』だもん。覚えやすいし。

川´ー`)「おぬしの場合、確かに外的には無瞋恚を随分と達しておる。が、内的にはまだ決定的に拭いきれぬ部分が残っておった。無貪欲もしかりじゃ。これはそれらをこそぎ落とすための外科手術のようなものと考えておればよい。自らが抱える怒りや貪欲を知らずして、それを手放すことができる者は滅多におらん」

 じゃあ、その点で本来の意図に沿って、今のたわしは結構改善された、と?

川´ー`)「どんな完璧な手術を施しても、予後に患者自身が摂生せねば元の木阿弥じゃ。自惚れるでない」

 へーい……。




 と、そんなやりとりがあって明けた今朝、
 ユウさんのブログ経由でTerraさんのこちらの記事を知って、あらびっくり。
 食の五箇条、なんというシンクロ。
 タイムリーすぎます。

 しかも、シンクロがあるのはその部分だけじゃなく……と、それについてはぼちぼち述べます。
 ユウさんの神道系なアノ話も、実はこっちにもリンクしてるものがあるんですが、まあそれは一旦置いといて。


 食は人倫の大本です。
 皆様ご自愛のほど。





 さて。では前置きはこのくらいにして(長すぎ)今日の本題。

 今回からいよいよ、以前ちらっと触れた、二度目のパラダイムシフトについて思い返してみようかと。

 ……ああ、いよいよここに触れることになっちゃったよ( ̄д ̄;)モウモドレナイヨ
 ってのが正直な感想。
 だけどここ最近の巡回ブログ界隈のシンクロを見るに、どうにも書かざるをえないようで。
 タダの自己顕示欲じゃないの?って怖さもあるにはあるんですが……、

 そこんとこどうなん?って訊ねても、

 川´ー`)「流れに乗るか乗らぬか、それはおぬしの選択じゃ(ニヤリ)」

 って返ってくるもんだから( ̄∀ ̄;)


 だからうさんくさい話になるよー?
 覚悟できたひとだけ続きクリックどぞ。


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雪で融けた

 ただ感じろ。
 感じているものを楽しみ、感じること自体を楽しめ。
 指先に水が触れている事を楽しめ。足が床に触れている事を楽しめ。
 風が頬に当たる事を楽しめ。空気がある事を楽しめ。


 結果を目的とするのではなく、その行為そのものを楽しめ。
 どこかに向うために歩く以前に、歩くこと自体を楽しめ。
 悩むのなら悩むこと自体を楽しめ。あるいは悩みを解消する道筋を探る事を楽しめ。
 思考が止まぬなら思考が止まぬ事を楽しめ。あるいはどのように思考が落ち着いていくのかを楽しめ。

 なんでもいい。
 ただ、今この瞬間を感じ、今この瞬間を楽しめ。


 ……とっくに知っていたはずなのに、なぜか忘れていたそんなこと。
 でも、その「なぜか」の理由は、本当はわかってる。

 それは、「思い出すため」。

 思い出すことで、更に深く刻み込むため。



 この数日間、実は思考の激しい働きが収まらず、
 さらに自分でもどうしたものか、超基本的なことを忘れてそれを押さえつけようとしてしまい、
 当然ながら抑えきれず、瞑想状態に入ろうにも上手くいかないまま、気分的に悶々とする時間が多かった。


 だけど今日。
 歩きながら、ふっと雪がひとひら、目の前に舞い降りた瞬間、
 全身からストンと力が抜けるような感覚と同時に、どうしようもなく微笑みが溢れ出てきた。


 たった一粒、雪が降った。
 それだけが、訳も無く嬉しかった。
 それだけで、凝り固まっていた心が融けていった。

 
 そうして苦しみが晴れた途端、様々な方面、様々な方々から、様々な智慧や示唆やシンクロが怒涛のように流れ込んできた。
 全てが的確に。

 確かに、どこか奥底で気付いてた。
 この苦しみも、ただこの気付きための準備期間に過ぎなかったのだと。

 
 名指しにしていいものか本当は迷いましたが、やっぱり敢えて名指しにすると、
 阿部さんやユウさんやponsunさんにも、今回そんな示唆やシンクロをそれぞれもたらしていただきました。
 この場を借りて御礼申しあげます。ありがとうございます。

 ありがとうございます。



<将(まさ)にこれを歙(ちぢ)めんと欲すれば、必ず固(しばら)くこれを張れ。
 将にこれを弱めんと欲すれば、必ず固くこれを強くせよ。>
   老子道徳経より。

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言語という智慧

 他所では言葉の限界ってものを時々俎上にのせるたわしですが、
 しかしそんな言葉、というか言語や文字にも、もぬすんごく深い智慧が含まれてることも多いわけで。


 たとえば、坐禅の「坐」は土の上に人が二人。

 土というゆるぎない大地の上で、二人の存在が向かい合ってるわけです。

 この二人は何かっていうと、

「本来は幻であるはずの主観によって作られ、それが本物だと信じてしまっている(この世的な)自分」
 と
「内にある真なる(あの世的な)自分」

 つまり、坐禅ってのは内なる自分と対面し真摯に向き合う禅ってことになるわけですよ。


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あいつのように甘くはない

<人は、他人が自分には無いものを有しているのを見て羨むんじゃない。

 自分には無いと思い込んでしまっているものを有しているのを見て羨むんだ。

 本当に有していないのなら、最初から羨んだりしないもんだ。>


 機巧少女は傷つかない4を読了したのが昨日。

 それで今朝、
 ラスト近くのソフィアとのやりとりにおける「謙虚で寛大な」ロキの一言を思い出した時、
 ふと降りてきたそんな言葉。


 ちなみに味噌汁を調理しながらのこと。

 ……あの味噌漉しから味噌が溶けてく時が特に好きなのさ。
 自分も空間無空間に融け拡がっていくみたいな感じがして。



 思いっきり話は飛ぶけど、少年サンデーの『KING GOLF
 連載では現在新人戦全国大会編なんだけど、
 この大会で進化し続ける蒼甫の描写がものごっつスピリチュアルに通じてますがな。

 あれ疑いなく「あっちと繋がってる」ね。



<求めよ、さらば与えられん>
 マタイ福音書より

「欲求」と「執着」の境界を識ること、
 それも精神を修める意義の一つだと思うんだ。

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