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あきらめる

 何かを追究する「道」ってのは不思議なものでね。

 そこに立つ人は大抵、難しく考える。


 だけど「大事なこと」は何もわからなくて、

 それでも、だからこそ難しく考えて、

 難しく考えて、

 難しく考えて、

 難しく考え抜いて、

 それでもやっぱり本当にわかりたいことはわからなくて、

 悩んで、力んで、悶えて、

 やがてそんな風にあり続けることに疲れて、力が抜けて、

 そうして難しく考えることからすっと手を離した瞬間、

 わかるようになっているんだ。


 彼らが欲しがる「大事なこと」は、

 あまりに当たり前すぎて、さりげなさすぎて、

 いつだってただここに、そこに、

 そしてこことそこの間の全てに在るだけなのに、

 それなのに難しく考えるあまりに、

 どこかにあるはずだと追い求め、

 掴み取ろうとするあまりに、

 気付けないでいるだけなんだ。


 いいかい。

 あきらめる、という言葉、

 その本当に意味するところは、ただ断念することじゃない。


 今まで、感じていたのに気付けないでいたもの、

 見えていたのに見ていなかったこと、

 「どこかにある」という思い込みの傘が生んだ影で隠れてしまっていた、

 「いつだってここにある」大事なことへと、光が届くようにすること。


 光を遮るものを手放して、影の中に埋もれてしまっていたものを明らかにすること。

 「あきらかにせしめること」

 それが、あきらめるという言葉の奥にあるもう一つの意味なんだ。

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What do you love?

「この人の、こんな所が好き」

 と言ってはばからない人の中には、

「この人」が「こんな所」にそぐわない部分を見せると、途端に眉をひそめる人もいる。


「この人」が自己を表現するのに「どんな所」を見せたって、自由なのにね。


 結局、眉をひそめる人が好きなのは、

「この人のこんな所」でも「こんな所のあるこの人」でもなくて、

「こんな所こそがこの人だ」と言わんばかりに『あるがままの「この人」』を覆い歪めてしまう、

 自分の「色眼鏡」なんだ。




 ……もちろん「眉をひそめる」のもまた自由であり、そして個性って場合もあるから、一概に斬って捨てるものじゃないのは承知の上。
 ただ、「その見方しか選択肢にない」という不自由な状態に陥っていないかどうかが大きな分かれ目。


 とはいえ、かく言う自分にも、大なり小なりそんな部分はある。
 後から気付いて「あちゃー」となるばかりではなく、その時に気付けるようにもなったのは幸いだけれど。

 それよりもむしろ、どんな『色眼鏡』で見られても、
 自分そのものはいつだって天然色、あるいは無色だとわかったこと、
 そして、何より、自分自身をそんな本来の色のままで見られる瞬間が昔より圧倒的に多くなったのが、嬉しい。


<有漏地より 無漏地へ帰る 一休み
      雨降らば降れ 風吹かば吹け>
         一休宗純

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「闇」について

 ちょっと、あっちに直接書くのはやめとけーってお達しが川´ー`)から来たんで、今日二度目ですがこっちに書いちゃう。
 ってこっちならいいんかい……( ̄д ̄;)ビクビク

 
 んーとですね、いわゆる精神世界ってカテゴライズされてる業界じゃ、

「あれは闇の罠だ」
「あの人は闇に支配されている」
「それこそ闇の思う壺だ」

 って、「闇」って名称で忌み嫌われてる「もの」があるんですが、

「もの」って言っても、そこは精神世界。
 形がないから具体的に示せやしません。
 ま、そこはどーでもいいことですが。


 たわしこれ、「レッテル」にしか見えないんですわ。

 理由はどうあれ、「闇」って名付けちゃうことで、そこに固定化された観念を注入してしまう。

 そうすることで、本来不可分なものを、あたかも摘出手術できるような状態におけたみたいに錯覚しちゃう。


 ぶっちゃけ、

『「光」と「闇」とは別々のもの』

 って思ってるわけですよ。多分大半の人が。


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なんか登場した

 わーい久々にコメント入ったーw
 みったまん&コトノハさんありがとございまする&今年もよろしゅうおねがいしますーm(_ _)m


 コメント欄で返信しようかと思ったけど、せっかくなんでこっちで書こうかな。


>すげー高い本買ってみようかしら。

 ビビっときたらその直感は信じていいんだっ!w

 まー、信じる信じないは横においといて。
 一万円する本だって、ジャンボ宝くじ30枚買うのとそれほど金額変わんないわけで。
 本に限らず、そういった「自己投資」で「自分自身が宝くじになる」方が、
 自分もお金もより喜ぶお金の使い方なんじゃないかなーって常々思っとります。


 
>いまだに苦しい気持ちで過ごすことも多いので、

 やー、だいじょぶです。
 たわしも苦しいと評価できる心の状態に襲われることはちょくちょくありますw
 ぶっちゃけ、目が覚めるのを経験したらそれで一切の苦悩がなくなる、ってわけでもないです。
 ただ、その苦悩が幻であることは知っているので、自分から望まない限りはどんなに苦しくても一線を越えることはない、って感じです。

 だから、目覚めを知って後、より多くの瞬間を目覚めた状態でいるように自分を調節していく、そこに邁進する。
 たわしは今まさにその途上ってところかなと。
 だって目覚めた状態の方が気持ちいいのは確かなんだから。ある意味快楽主義者ですw

 禅ではこれを「悟後の修行」って言うそうですね。
 なんでも、「悟ってからが本当の修行であり、修行とは本来悟った後にしかありえない」だとか。


 そうですねぇ、参考になるかどうかわからんですが自分のケーススタディ的な何かでもつづりましょうか……。

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Three books of teachers

 タイトルは、ここ最近読んだ本の中で最も、
『自分は、自分としてどう生き、どうありたいのか』
 を改めて、そして力強く示してくれた良書、
スリー・カップス・オブ・ティー」のもじりで。


 で、久しぶりに更新再開したってのに、いきなりこんなトチ狂ったみたいなトピックばっか書くようになっちゃって、彼の身に一体何が起こったの!?

 と疑問しきりのお知り合いのために、しばらくその辺を回顧もかねてつらつら綴ってみようかと。

 いろいろとアレげな進行になりそな気配ぎゅんぎゅんですが、

    ( ´_ゝ`)< ふーん

 てな具合でお付き合いしていただければ。


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